第38話 lovely anniversary
*6月30日(土)雨*
質問。
26にもなって、キス一つで動揺するのはおかしいですか。
答え。
おかしいです。
だよねだよね! だって、私たち、もっとすごい事してるはずなんだもん。
今さらキスくらいでこんなにドキドキするなんて。
「綾乃さん。いつもの所で待ってるね」
み、耳元で囁くんじゃない!
っていうか、徹くん、今日休みのはずなのに何で店に来てるの?
ああ、私を迎えに来てくれたんですよね。ついでにDVDでも借りようと思ってたんですよね。
だったら、何故私の居るレジに来るんでしょうかっ? 隣のレジも空いてましたよねー? 新手の精神攻撃かと思うのは私の勘違いですかね……。
いつもの所……私たちがよく行くファミレスに急ぐと、いつもの窓際の席に徹くんは居た。また周りの女子の視線を集めている。私が駆け寄ると、あからさまに「何、あの女?」という目で見られた。……もう慣れっこだもん……。
二人で注文を済ませると、徹くんが瞳の奥に期待を乗せて尋ねて来た。
「今日が何の日だか分かる?」
「え? えーと……」
慌ててスマホで確認する。何の日だっけ、思い出せない。誕生日でもないし二人が付き合い始めたのはもっと後だったし、うーん、何だろう。
「ごめん、何の日だっけ?」
「覚えてないんだね。ヒドイ……」
「わー、ごめんなさいっ!」
何のことだか分かんないけど、何か忘れてる私が悪いよね。そう思って私はすぐに頭を下げた。……あれ、このやり取り、遠い昔に一度やったような気がするな。しかも、ここで。
「ま、冗談はこのくらいにして」
徹くんはアッサリと気持ちを切り替えると(当然私はそれについていけない)正解を発表した。
「今日は俺が綾乃さんを好きになった記念日だよ」
「えっ?」
「覚えてない? 去年の6月30日。閉店後にクレームの電話があってさ」
「あ……! あったね、そんなこと。わー、あれからもう一年が経ったんだね」
徹くんの言葉に、去年の記憶が次々とフラッシュバックしてくる。
あの日、私と徹くんは
忘れもしない、中田という男は深夜にも関わらず、画像不良のDVDの交換分を今から持って来いと言った。それで仕方なく行くことになったんだけど、夜遅くに一人で行くなんて、と言って徹くんが同行してくれたんだよね。
そんな心配は杞憂だと笑い飛ばした私だったけど、案の定というか何と言うか、逆上した中田に家に連れ込まれそうになった所を徹くんが助けてくれたんだ。
「アイツは未だにムカつくけど、おかげで綾乃さんのことが好きなんだって気付いたんだよね」
「そ、そうなんだ」
何か改めてそういう事言われると恥ずかしい。徹くんは全然平気そうだけど。
だって、あの事件の直後だよ? 私たちが……その、……したのって。酔ってたから全然覚えてないけど、目が覚めて目の前に徹くんが居た時はびっくりしたなぁ。
「それで、ここで綾乃さんが俺に頼むから黙っててくれって頼んで来て……」
「う、うん」
「俺が黙ってる代わりに俺と付き合ってって告白したんだよね」
「え? そうだったっけ」
「覚えてないの? ヒドイ……」
あれ、これはついさっき同じ光景見たわ。
告白されたのは覚えてるんだけど、黙ってる代わりに……なんて言われたっけ?
「これって脅しかなーって、あの後ちょっとだけ反省してたのにな」
ちょっとだけなんだ……。
それにしても、そんな大事なこと覚えてないなんて。きっと告白されてそれで頭が一杯になってたんだろうな、過去の私は。
何しろ、初めての経験ばかりで完全にパニックに陥ってたからなぁ。
恋愛経験が無さすぎる私にとって、あの頃はもう二度と戻りたくないくらいに忙しない日々だった。主に、感情面で。
「つまり、今日は俺達二人の始まりの日、ってこと」
徹くんがニッコリと笑うとさらに罪悪感が増す。
すみません、覚えてなくて本当にすみません。
でも、この日をちゃんと覚えていてくれたなんて、すごく嬉しい。これからは毎年手帳を買い替えるごとにちゃんとメモって置こう、と心に誓った。
「これからもよろしくね、綾乃さん」
「あ。こちらこそよろしくお願いします」
「何してるんだろうね。俺達」
「うん、ほんと」
ファミレスでお互いに頭を下げた後でこの状況がおかしくて私たちは笑いあった。
「綾乃さん」
帰り際に、徹くんが改まった雰囲気で私の名前を呼んだ。
も、もしかしてまたあの激しいキスが来ちゃう?
それともちょっとだけ警戒して距離取ってたのがバレちゃった?
嫌なんじゃないの、むしろして欲しいっていうか……いや、何言ってるんだ、私!
ただその、あまり激しいと心臓が追いつかないと言うか、気を抜くと徹くんの唇ばかり見ちゃうというか……あぁもう本当にすみません。
でも、徹くんの話はそのどちらでもなかった。
「いつか……もう少し、俺に自信が持てるようになったら……」
「?」
「いや、何でも無い。また今度にする。じゃ、おやすみ!」
そう言って徹くんは踵を返して走り去ってしまった。
いつか、もう少し自分に自信が持てるようになったら?
徹くんは何を言いかけたんだろう。
それはとても聞きたい事のような、聞きたくない事のような。
私は不思議な気分で、いつまでも徹くんの去った方向を見ていた。
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