第39話 恋の鞘当て
*7月28(土)晴れ*
長引いた梅雨もようやく開けて、毎日茹だるような暑い日々が続いている。学生は夏休みに入り、私は連日冷房の効きにくい店内を所狭しと動き回っていた。
そして今日は、待ちに待ったお休み! しかも連休! この時期を逃すとさらに忙しいお盆が来てしまう、とのことで、前もって休ませといてやろう、という寛大な計らいだ。
徹くんも今月の初旬は大学の試験で忙しかったし、試験が終わったと思ったら今度は私が仕事漬け。今日はほんっとうに久々のデートだから、昨日は嬉しさで中々寝付けなかった。夜遅くまでどんな服着ようか悩んで鏡の前でファッションショーしたり、もしもの時に備えて部屋の掃除をしたり……。(変な意味じゃなくてね?)
気付けばもう民放が終わっちゃってるようなド深夜だった。慌ててベッドに潜り込んだものの、睡魔は訪れてくれなくて、おかげで肌はカサカサ、目の下にはクマ。仕事疲れもあるんだろうけど、お日様の下では隠しきれそうにない。
何とか
徹くんはストライプのシャツとデニムというシンプルな格好なのに、ひと際目立つ。少し色素の薄い髪に陽が当たり、長い脚を控えめに投げ出している様は、まるでドラマから抜け出してきた若い俳優のようだ。私が徹くんに近づいて行くと、まだ十分に距離があるにもかかわらず、すぐに私に気付いて笑いかけてきた。最近の徹くんの笑顔は凶器みたいに優しげで甘くて、見るたびに胸が高鳴ってしまう。
「ごめん、お待たせ」
「俺もさっき来たとこだよ」
私の謝罪に徹くんは笑顔でそう言って立ちあがった。
「昼ごはん食べた?」
「まだ」
「んじゃ、どっかで食べてから映画行こうか」
「そうだね!」
予定が決まった私たちは、公園の出口に向かって歩き出した。今日は映画を見に行く約束をしている。店では、上映中の映画の関連作コーナー(同じ監督の作品とか、似たジャンルの作品とかを集めてオススメしている)を常に作ってるから、私たちは自然と情報通になっている。おまけに二人とも映画好きでそれが縁で仲良くなったようなものだ。ということで、デートは映画館、ということがよくある。
最も、私は洋画のラブコメ系、徹くんはアクションやヒューマン系と好みが少し違ったりするんだけど、不思議と見たい映画がかぶることが多いんだよね。
すると、公園の入口に背の高い女の子が立っているのが目に留まった。背が高くてスタイルが良くて、おまけに美人。長い髪を編み込んで横に流し、ショートパンツからは長い脚を惜しげもなく出している。
うわー、かわいい子だな。もしかしてモデルさん?
その女の子はキョロキョロと辺りを見渡し、こっちを見るとあっと驚いた顔をして声を上げた。
「見つけた! 徹ちゃんッ!」
「えっ、
隣で徹くんも驚いた声を出した。どうやら、このトンデモナイ美少女は、徹くんの知り合いらしい。
私の当惑を余所に、二人の会話が続く。
「何でここに?」
「明日オープンキャンパスがあるんよ。それで驚かせようと思って家に行ったら、徹ちゃんがちょうど出て来たけん追いかけてきたと」
徹くんを笑顔で見上げた美少女は、そこでようやく徹くんの陰になっていた私の存在に気付いた。
「徹ちゃん、その人は?」
「ああ、こちらは榊綾乃さん。榊は植物の方の榊ね。綾乃さん、こっちは坂木莉衣菜。俺の
「榊です。初めまして」
私から挨拶をして軽くお辞儀をしたけれど、美少女が私の顔を凝視したままだった。あれ? 何か……睨まれてる?
「初めまして。……ねぇ、まさかと思うけど、」
「うん、俺の彼女。付き合ってもうすぐ一年になる」
莉衣菜さんの言葉の意味を読み取って、徹くんがその言葉の後ろを引き取った。ハニかんで嬉しそうに言ってくれたので、私も照れて少し俯いた。
「ふーん。もしかして、これからデート? どこ行くと?」
「映画。だから今日は莉衣菜には付き合えない。ごめんな」
徹くんが断ると、莉衣菜さんは「私も映画行きたい!」と声を上げた。
「受験勉強で疲れとーと。たまには遊びたいっちゃんね~」
ダメ? と子犬のような濡れた瞳で、彼女は私に聞いてきた。
「あ……いいですよ」
本当は久々のデートだから二人が良かったんだけど、相手は徹くんの親戚。言葉からすると徹くんと同じ福岡から来たのかな、東京に慣れてないなら一人は不安だろうし。ここは三人で行った方が徹くんも安心だよね。
「本当にいいの、綾乃さん?」
「うん」
「やったー!!」
莉衣菜さんが両手を上げて喜ぶ。その喜び方は子供みたいに無邪気で、思わず見惚れてしまった。かわいいなー、こんな妹欲しかったなぁ。服の貸し借りしたり、一緒に買い物に行ったり、時には恋愛トークしたりさ。
「んじゃ、とりあえず行こうか」
徹くんが先頭を歩きだす。それに続こうとすると、莉衣菜さんが振り返って私にだけ聞こえる声でこう言った。
「よろしくね、オ・バ・サ・ン!」
さっきまでの天使のような笑顔は、跡形も無く消え去っていた。
え……。お、オバサン!?
それから、莉衣菜さんはことあるごとに私の邪魔をしてきた。
まず、ランチを食べに行ったレストランで徹くんの隣に座り。映画館でも真ん中の席をキープ。ショップで徹くんが服を見ている間に足を引っ掛けられて転ばされ。少し疲れたからお茶でもしないかと提案したら、「年寄りはこれだから」とコッソリ言われ。ここまでくればいくら鈍い私でも分かる。
莉衣菜さんは、徹くんのことが好きなんだ。
今回、彼女は志望大学のオープンキャンパスに参加するために博多から上京してきたそうだ。もしかして、東京の大学を受験するのも徹くんの傍に居たくて?
近づくと攻撃されるので、私は二人から少し離れて後ろからトボトボとついて行った。徹くんは時折心配げに私を振り返り、私はそれに笑顔で応える。するとすぐに莉衣菜さんが徹くんに話し掛けて徹くんの注意を逸らす。
数歩前を歩く二人は美男美女のカップル。すれ違う人達も振り返って隣の人と何かを囁き合ってる。きっとお似合いだね、なんて言ってるに違いない。
そうだよね、二十六歳の私なんかより、十七・八の美人女子高生の方が確かに徹くんの傍には相応しい。うわー、ほぼ十歳も離れてるんだ、私と莉衣菜さん。そりゃオバサン言うわ。
今まで他の人にあからさまにオバサンなんて呼ばれたことないけど、それって皆が気を使ってくれたからだよね。だから、そう思ってても言わなかっただけなんだよね。
あーダメだ。また思考が負のループしちゃってる。
徹くんはこんな私が好きだって言ってくれたもんね。
私だって徹くんを好きな気持ちは負けてない自信がある。若さになんか負けないんだから!
私は勇気を振り絞って、徹くんを呼びとめた。
「ねぇ、徹くん! このお店、ちょっと覗いてみていい?」
「うん、いいよ」
よし、言ってやったぞ。徹くんがすぐに戻ってきてくれて、私たちはその店に入った。う……後ろから刺すような視線をビシバシ感じるけど、き、気にしないもんっ。
「そういえば、今夜はホテルとってるの? それとも友達の家?」
徹くんが尋ねると、莉衣菜さんは待ってましたとばかりに甘えた声を出した。
「ううん、とって無かよ。こっちに友達もおらんし、徹ちゃんちに泊めてもらおうと思って」
ええっ!?
私でさえ徹くんの家に行ったことないのに、泊まる、だって!?
それは嫌! いくら親戚とはいっても、こんなかわいい子と一つ屋根の下で一晩二人きりなんて、絶対無理!
徹くんのことは信用してるけど、それとこれとは話が別だ。
「俺の部屋狭いよ。客用の布団も無いし」
「いいよ。同じベッドで――」
「わ、私の家に泊まる? 布団もあるし!」
莉衣菜さんの言葉の先を察知して、私は被せるようにそう叫んだ。
「いいの? 綾乃さん。こいつ今は大人しくしてるけど結構ワガママだよ」
「うん、大丈夫だよ(ワガママなのは知ってるし!)」
無理やりニッコリ笑って見上げると、隣からチッという音が聞こえて来た。わー、舌打ちされたー。
「良かったね、莉衣菜。綾乃さんの家、俺の所より広くて快適だよ」
徹くんにつられて莉衣菜さんを見ると、彼女は、「わ~楽しみ~」とさっきの舌打ちが嘘なんじゃないかと思うくらいの爽やかな笑顔を浮かべていた。
余計なことしやがって、とか思ってるんだろうなぁ。
あ……なんかすっごく胃が痛いかも……。
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