第36話 ヒーローショー
*4月29日(日)曇りのち晴れ*
「みんなー! タスケンジャーが、助けに来てくれたよー!」
MC役の女性の声に、子供たちの興奮が一気に高まる。
「行けー!」
「やっつけちゃえー!」
皆の声援を受け、タスケンジャー達がバッタバッタと敵をなぎ倒す。途中で一度やられそうになるのもお約束だ。
今日はG.W.のイベントで、うちの店の屋上でヒーローショーが開催されている。
特別戦隊タスケンジャーは、日曜の朝に放送している、特撮テレビシリーズだ。五人組でマスクとスーツが五色に色分けされた彼らは、様々な敵と戦い、人々を助け、そして世界の平和を守っている。
今回は五人のうち、赤・青・ピンクの三人がやって来てくれた。五人いないのは、単純に予算の都合のためだった。
うわー、よくあんな所まで足が上がるなぁ……私だったらグギッって関節はずしそう……。
本来なら4月から新しいシリーズが始まっている。でも、昨年度のシリーズのタスケンジャーがまだ根強い人気なんだよね。
ヒーローショーの開催は午後2時からスタートだったんだけど、数日前から問い合わせが殺到していて、今日も朝から店内の親子率が高かった。きっと絵本やらアニメのレンタルやらの売り上げもアップしているはずで、数字を見るのが今から楽しみだ。
ヒーローショーが終わると握手会や撮影会が行われた。子供達はヒーロー達と同じ決めポーズで写真を撮っている。
私はヒーローショー実行員会みたいなポジションで、会場設営が担当だったから、もうすでにやることが無く、隅っこの方でのんきに見学していた。
「何か、すごいですね」
すると、横に立つ森口さんに話しかけられた。
あんなことがあったにも関わらず、森口さんは気軽……とは言わないものの、普通に話しかけてくれる。
あの後、店のスタッフを説得してくれた礼を言ったら、「別に、思ったことを言ったまでです。それに、私が榊さんに負けた訳じゃないですよ。徹くんに見る目が無かっただけですから」と不機嫌そうに言った。そして、うってかわって満面の笑顔で「別れたらすぐに教えてくださいね!」とも。森口さん、かっこいいな。私は素直にそう思った。「絶対教えない」とこっちも笑顔で言うと、ふっと笑って仕事へ戻って行った。「あんたもなかなか言うじゃん」って言ってるみたいだった。いつも周りに見せるニコニコとした笑顔じゃなかったけど、これが本当の彼女なんじゃないかな。
そして、彼女が去り際に小さな声で、「お幸せに」と呟いたのは私の気のせいじゃないと思う。
「ほんとだね、私、戦隊モノってあんまり見たこと無いんだけど、こうやって見てるとテンション上がって来る気がする……」
「ですね。それに、レッドのビフォアー見ました? イケメンじゃありません?」
「見た見た。すっごくかっこいい子だったね~」
レッドのビフォアー。それはヒーローのコスチュームを着る前の姿、ということだ。こういうヒーローショーには、本物の俳優さんは滅多に来ない。大体がアクション専門の方がするのが普通だ。それが本職なのか、バイトの人なのかは分からないけれど。だから、私はスーツを着るのは何となく年配の、現役を引退したスタントマンだと思ってたんだ。
だけど、昼すぎにやってきたヒーロー役の人達は皆若かった。多分、18~20歳過ぎくらい?
マネージャーさんに聞くと、彼らは養成所に通う、未来のヒーローの予備軍なんだそうだ。そこでヒーローアクションを学び、各地を回って経験を積み、そしてその中のほんの一握りの人たちが本物のヒーローとしてテレビでデビューが出来る。
そして昨今のヒーローは顔重視らしい。イケメンが出るとお母さん達の食い付きが全然違うんだそうだ。
確かに、最近のヒーロー出身だという俳優さんは皆整った容姿をしていることが多い。お母さんもブサイク(ごめんなさい)よりはイケメンが画面に出ている方がテレビを見る楽しみだろうな。子供達は変身後の彼らにしか興味ないだろうけどね。
あまり戦隊モノを見たことが無い、と言ったけど、実はその言葉は真実ではない。
本当は啓太が小さかった頃、当時放送されていた戦隊モノに夢中だったから、一緒に見たことがある。
啓太はヒーローたちの日常にはあまり関心が無いみたいで、日常生活のシーンではなんとなくオモチャのミニカーをいじくりまわし、よし、変身するぞ、という場面になるとミニカーを放り出してテレビに釘づけになるんだ。
私は頃合いを見計らって「啓太、そろそろ変身するよ」と声をかける役目だった。
誰に言われた訳ではないけれど、それが榊家の日曜の朝の光景だった。
昨今のイケメンブームのせいか、今日のヒーロー役の三人は押しなべて美男美女が揃っていた。その中でもレッド役の人は、群を抜いていた。意志の強そうな眉、くっきりとした二重、そしてすらっとした、だけど引き締まった筋肉質な体躯。
もう、リーダーはあなたしかいない! というようなオーラを持っている。
「榊さん、一緒に写真撮ってあげるよ」
「え……いいんですか?」
撮影が終わり、事務所にヒーローショーのスタッフが戻って来た。彼らは子供たちの夢を壊さないようにここで元の姿に戻り、こっそりと帰って行く。
女性スタッフの皆さんがガッチリとレッドとブルーの腕を掴んで写真を撮ってもらっているのをすごいアグレッシブだな~と思いながら見ていると、カメラマン役に徹していた店長に声を掛けられた。
私は断るのも失礼だと思って、申し訳なさげにレッドとブルーの間に入る。マスクをかぶっているため、彼らの目がどこにあるのか分からなかったので、大体この辺かな?という所らへんを見上げて「よろしくお願いします」と会釈した。
三人が決めポーズをしてくれたので、同じように握った拳を胸に当ててにへらと笑った。フラッシュが光り、終わったと思ったら、店長が「もう一枚いい?」と言いだした。次は社内報用らしい。
うわ、載りたくないな……思って、決めポーズを解いた。だけど、断れるはずもない。
「肩を組んでもいいですか?」
「えっ? あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます」
突然のレッドの申し出に、私は何でかお礼を言ってしまい、すぐに後悔した。
肩を抱いてもらってありがとうって何だよ。まるで私が欲求不満みたいじゃない! 恥ずかしい~。
羞恥心で顔が赤くなりそうになるのを必死で押さえていると、肩にそっと手を乗せられた。そういえば今日ヒーローショーを見に来てたお父さんお母さん達も肩を組んで撮影してたっけ。よく要求される、人気のポーズなのかもしれない。
肩が拘束されると決めポーズが取りにくかったので、芸は無いけど無難にピースをしてみた。
再び光るフラッシュ。
「ありがとうございました」
お礼を言うと、こちらこそ今日はお世話になりました、と三人に言われた。
礼儀正しい子達だなあ。いつか彼らがテレビに出るのを、見られるといいなとひそかに願った。
その後、彼らは着替えて帰って行った。明日は別の場所でもヒーローショーの仕事があるらしい。G.W.なのに大変だなあ。って、私もか。
そして数日後。
「何、これ」
徹くんは休憩室のテーブルに置かれた社内報を見ていた。
どの記事かとひょいと覗きこむと、レッドと私が肩を組んで笑っている写真が載っている。ブルーとピンクも両側でそれぞれの決めポーズを取ってくれている。
わ、もう社内報に載ったんだ。早かったな。ああ、やっぱり少し赤い顔で映ってる。しまりのない顔してるなぁ、私……。
「うん? あ、それ。G.W.にヒーローショーやった時に店長が撮ってくれたの」
「いや、それは見たら分かるけど」
徹くんは見るからに険しい表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「だって、肩……」
そう言って、私の肩に置かれたレッドの手の辺りを凝視している。
え……? もしかして、ヤキモチやいてるの?
「他の人達も同じように撮影してたよ?」
でも、と言って徹くんは口ごもりながら、「イケメンだったんでしょ」と小声でごねる。ヒーローショーには来ていなかったから、誰かからか聞いたのかな。
「だって、俳優さんだよ? それに、十代くらいだったよ?」
「俺だってまだ十代なんだけど」
「あ、そっか」
そう言われてみれば徹くんもまだ十九歳だった。
「なんかすごくかっこいい人だったって聞いたからさ……」
そう言って拗ねる徹くんは少し子供っぽくてかわいかった。
今まではいつも大人でクールな雰囲気だったけれど、最近徹くんはこういう面をよく見せてくれるようになった気がする。
私だけに見せてくれてるんだったら嬉しいな。
私は少し嬉しい気持ちを必死で隠した。バレたらきっと怒ると思うから。
心配することなんて、何もないのに。
私はもう、徹くん以外の人なんて考える余裕もないんだよ?
そんなことくらい、あなたが一番よく分かっているでしょう?
「何か綾乃さん、微妙に顔赤いし」
「えーと、それは……」
赤面したのは違う理由なんだけど、説明する訳にもいかず。
結局、携帯で一緒に写真を撮って機嫌を直してもらうことになった。
「消毒」
徹くんはいたずらっ子みたいにそう言って、私の肩を抱いた。
「画面に入らないから」と言って顔を寄せ合う。
頬と頬が触れ合って、そこから徹くんの熱を感じた。
シャッターを押すまで、私は息を止めていた。
だって、呼吸とか、鼻息とか、気になって……。
キスしたわけじゃないのに、それと同じくらいに胸がドキドキする。
徹くんもそうなのかな。……そうだといいな。
結局私は、またぎこちない笑顔になってしまったけど、徹くんはそれを眺めて嬉しそうにしてた。
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