第24話 チョコレート戦争
「いらっしゃいませー!」
「榊さん、おはよう。今日出る韓流のDVD、もう出てるかしら?」
「おはようございます! はい、もうあちらに並べてますよ~。ご案内しますね」
常連のお客様に、いつもより大きな声でにっこりと笑いながら接客をする。
正直、昨日は遊び疲れてクタクタだった。だけど、熱いお風呂にゆっくりつかって夢も見ないほどにぐっすり眠った。久々にすっきりとした気分で目覚めることが出来た。ご飯も最近は大分食べれるようになったし、人間って本当に丈夫に出来てるなあ。
「榊さーん、ちょっといいですかー?」
「あ、はーいっ!」
スタッフに呼ばれて、私は慌てて踵を返した。
*2月5日(月)くもり*
バレタインチョコの材料を買うから付き合ってよ、と真理子から電話があったのは、ちょうど休日前の夜のことだった。
待ち合わせ場所に少し遅れてきた真理子は、体にフィットした黒いオフタートルのニットワンピがすごく色っぽい。出るトコ出て引っ込むべき所はちゃんと引っ込んでいるそのスタイルの良さは、とても子供がいるようには見えない。神様って不公平だな……と私は自分の胸元に視線を落とす。うう……。
「ごめんねー、お待たせ。あとでお茶でもおごるわ。付き合わせたお礼も兼ねて」
「ほんと? やったぁ、ラッキー!」
デパートの特設会場は幅広い年齢層の女性がごったがえしていた。
ものすごい量のチョコを籠に入れているOL風の女性や、頬を染めながら真剣に選んでいる中学生らしき女の子。バレンタインは女子の戦争だなぁ。
真理子は既製品ではなく手作りにするみたいで、ケーキ作りの材料やラッピングのあるコーナーへ行ってしまった。
私も職場の人に買おう。そう思って、最前線へと決意も新たに参戦する。
店長はダイエット中だから小さくて高級感のあるもの。他の社員さんにはお酒入りのものやナッツ入りのものなど、各々の好みに沿ったものを選んだ。
あ…そうだ。
私は少しだけ悩んで、もう一つだけチョコレートを買った。紺色の長方形の箱にトリュフが入ったもの。ココアパウダーやココナッツファインがまぶしてあったり、アラザンが乗っていたりと一つ一つ味の違いを楽しめるのが良い。
「あ~居た居た、探したのよ~。全く、すごい混雑ぶりねぇ」
戦線を離脱した真理子が、冬だと言うのにうっすら汗をかきながら戻って来た。
「お疲れー。いいのあった? 手作りするなんて偉いね」
「もう、手作りじゃないとうるさくてね~。すっごい面倒。材料費やらラッピング代やらで、結局、買った方が安いのよぉ? 買ったものの方がおいしいのにぃ」
ブツクサ言いながらも一生懸命選んだラッピングを満足げに見遣る真理子を見て、私はうらやましくなった。
絶対に受け取ってくれる相手がいるって……いいなぁ……って。
「あれ? 綾乃は義理チョコだけ? もうすでに買ってるの?」
ひょいと籠を覗きこんだ真理子の不意打ちの一言に私は硬直してしまった。
年末年始、仕事が忙しくて二人で会うのは今年初めてだった。本当は何度か誘われていたものの、とても説明できる状態じゃなかったので断っていたのだ。だけど、逃げてばかりもいられないし、真理子に嘘もつけない。私は呼吸を整えると、何でもない風に装って口を開いた。
「ああ……もう別れたから」
「えぇ!?」
真理子はすっとんきょうな大声を上げ、周りの注目を集めた。すぐにハッと周りを見渡し、人気の無い隅の方へと私を引っ張って行く。
「ごめん、今、別れたって聞こえた気がしたんだけど?!」
「う、うん」
「何で? いつ? 一体どういうこと?!」
「えぇと……ここじゃなんだから、場所変えない?」
隅の方に寄ったものの、それでも周囲の目が気になってそう提案すると、真理子は不満げにしつつもレジへ向かった。私も別のレジに並んで会計を済ませた。レジも相当な行列が出来ていて、かなり時間を食った。少しの間ですごく労力を費やした気分。
同じデパート内にあるティールームへ移動すると、二人掛けと一人掛けのソファーが向かい合っている席に案内された。
するとあろうことか、真理子は荷物を一人掛けのソファに置き、私の手を引いて二人掛けのソファに座り込んだ。何か変な感じ……。
「それでそれで? 一体どういうことよ?!」
注文する間も惜しいという感じでメニュー表を閉じながら聞いてくる。
あまりの剣幕に、注文を取り終わった店員さんがびっくりした顔をしながら去って行った。
「えーと。話せば長い話なんだけど……」
私は順を追って話した。竹島さんに、徹くんと付き合っていることがバレたこと。
竹島さんに吐露した私の諦めと不安いっぱいの言葉、竹島さんからのプロポーズ。そして、徹くんとの別れ。
そして、私の心が擦り切れてしまったこと。
もう頑張れないこと。
途中で運ばれてきたジンジャーティーで喉を潤しながら、私は
「……というワケなの」
「……」
「真理子?」
反応が無いのを不思議に思って横を見ると、真理子が声も出さずに泣いていた。
「ど、どうして泣くの?」
「だってぇ~。綾乃がそんなことになってるなんて全然知らなかったから~」
「……ごめんね、話し辛くって」
「責めてるんじゃないのよ。綾乃、いっぱいいっぱい頑張ったのね~」
真理子が私をぎゅっと抱きしめた。豊かな胸に埋もれて息苦しい。
ギブギブ! と真理子の腕を叩くと、やっと解放された。
知らなかった、胸って凶器にもなるのね……。
「頑張った……のかな……。ただ、一人で空回りしてただけな気もするけど」
「あら、恋愛なんてそんなもんよ。一人で盛り上がって、一人で落ち込んで、たくさん遠回りしたり空回りしたりね。思い出すと死にたくなるほど恥ずかしい。それが恋愛ってもんよ~」
「そうなんだ。確かに、恥ずかしいこといっぱいしたなぁ……」
「そうやって人は大人になっていくものよ~。失敗するからこそ、次はもっと上手くやろうって頑張れるの。苦い経験も次の恋のために少しだけ予習したと思って、ね」
「うん……そうだね。ありがとう」
次なんてまだ全然考えられないけれどね……。恋愛ってすごい体力も気力もいる。やっぱり私には向いてないみたい……。
そう言うと真理子は私の頭を優しくなでた。まるで愛娘の愛華ちゃんにするように。
「綾乃も成長したってことよ。まぁ、赤ちゃんだったのがハイハイし始めた、って程度の成長だけど~」
「ひどっ! そこまでじゃないもん!」
二人でひとしきり笑った後、追加でケーキと飲み物のおかわりを注文した。
どうしてそんなことしたのって言われるかと思った。
あの時ああしていれば。こうしていたら。この前までの私は、何度自分を責めたことだろう。
まだ好きなんでしょ、今すぐ追いかけて行きなさいって。
だけど、真理子はそんなこと一言も言わなかった。
「頑張ったね」って、「少し休みな」って言ってくれた。
下手な慰めなんかよりも、遥かに嬉しい言葉だった。
ああ、私は一人じゃないんだ。こんなに想ってくれる親友がいる。私って幸せだな……。
「それで、チョコレートは誰にあげるの? 職場の人?」
「あ、うん。店長と同僚と……」
「と?」
「え~と、……竹島さん……」
「えぇっ!?」
真理子の瞳がキラーンッと光る音が聞こえた。
「まさか、もう乗り換えたとか!? 綾乃、あんた結構魔性の女ね……!」
恐ろしいものを見るかのような目はやめてほしい。
「いやいや、違うから! この前、遊びに連れて行ってもらったから、そのお礼にね……」
「遊びってどこに?」
「……ネズミーランド……」
「ちょっと、その話聞いてないわよ? ほら綾乃、全部吐きなさい! 楽になるわよ~」
出た、真理子の恋バナ好き!
「いや、あのね、気分転換に付き合ってもらっただけで、デートとかそんなんじゃなくってね……」と、私の必死の説明も空しく、真理子のテンションは上がって行く一方だった。
これは、分かってもらうまでに骨を折りそうだ。とほほ。
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