第23話 夢の国で、あなたと

*1月27日(土)晴れ*


「竹島さん、こっちこっち!」


 私は逸る気持ちを抑え、振り返って興奮気味に呼びかけた。

 今日は竹島さんと一緒にネズミーランドというテーマパークに来ている。

本当は今日も仕事の予定だったんだけど、正月の後に結局まとまった休みが取れなかったことを謝ってくれた店長に、少しだけわがままを言って休みを代わってもらったんだ。竹島さんは本社勤務で平日に休みが取れないからね。


「朝から飛ばすなぁ……」


 後ろから苦笑しつつ竹島さんが追いかけてくる。

 黒いVネックのセーターにデニム、チョコレートブラウンの短めのコート、スエードの黒い靴。いつものスーツ姿とは違うラフな格好をした竹島さんは、とても目立っていた。今もすぐそばを通った女性の二人組が彼に熱い視線を送っている。

 そういう私は、ドルマリンの白いロングニットに黒のレギパン、ベージュのPコート、ヒールが低いオクスフォードパンプス。動きやすさ重視の装いだ。二人とも見慣れない格好をしているせいか、会った瞬間にお互いの姿に見入ってしまった。竹島さんの眩しそうな顔を見て、少し……いやかなり恥ずかしかった。恥ずかしいというかいたたまれないというか、何か、ね。


私たちが来た時には、もう園内は人が溢れかえっていた。さすが日本一のテーマパーク。平日でも大変な賑わいなんだから、休日の今日はひと際人が多い。


「何から乗る?」

「えーと、まずは〝カリフォルニアの海賊〟からです!」

「あ、もう決まってるんだ?」

「はい、決まってるんです!」


 笑いながら「お供しますよ」と言った竹島さんに、私はにんまりと笑顔を向けた。

 その後はスモールサンダーマウンテンやスプレッドマウンテンを攻めたところで遅めのお昼ご飯を食べよう、という話になった。


「もしかして、どこで食べるかも決まってる?」

「実は……行きたいな、って思ってる所はあります。でも、そこじゃなくてもいいです」


 ご飯はアトラクションと違って、今日はハンバーグが食べたいとか、ハンバーガーの方がいい、とか好みがあるから、一人で決めるのは良くないな、と思って遠慮がちに言った。

 すると、竹島さんは、「いいよ、そこに行こう」と言って微笑んだ。


 私が向かったのは園内の最奥にあるレストラン、〝ハートの女王〟だ。

 アーチ状のハートの植え込みを前にして、竹島さんはぽかんと口を開けて見上げている。かわいらしく賑やかな外装に圧倒されているらしい。


「ここ……なんですけど。大丈夫ですか……?」

「あ……ああ、大丈夫」


 竹島さんは気後れしつつ、「よし」と気合を入れると先陣を切って店内に乗り込んだ。

……やっぱマズかったかな?

 中に入ると、時間がズレたためか、あまり待たずに二人掛けのテーブルに案内された。外装以上にかわいらしい内装のレストランで、居心地の悪そうな相手に、申し訳なく思った。

 これまたかわいい装丁のメニュー表から、私は白身魚のグリルとスープにパン、竹島さんはハンバーグとスープとごはんを注文した。


「すみません。やっぱ他の所にすれば良かったですね」

「いや、段々慣れてきたよ。男性客も多いし。不思議の国のアリス、好きなの?」

「はい。子供の頃からよく読んでいて。アリスとか、赤毛のアンとか。長靴下のピッピとかも」

「へえ、やっぱり女の子は違うなぁ」

「竹島さんは子供の頃、どんな本を読んでました?」

「俺? そうだなぁ、ファーブル昆虫記とかキュリー夫人とかかな。まあ、外で遊ぶ方が多かったけど」

「ああ、そんな感じします」


そんな話をしていると、注文した料理が運ばれてきた。


「わー! 野菜がハートの形になってますよ!」

「こっちもだ……」


 悪い予感はしてたんだよなぁ……と竹島さんはがっくりと肩を落とした。

 こんなとこに居るのを同僚や友人に見られたら……とかなんとか呟いてるのが聞こえる。

 やっぱ男の人にはハードル高かったかな……とちょっと反省しました。


 店を出ると、竹島さんが何も言わずに真っ直ぐに進み始めた。今までは私の後をついてきていたのにどうしたんだろう。

 首を傾げながらついて行く私に、竹島さんは微笑んだ。


「アリスのマッドティーパーティー、行くんだろう?」


 ティーカップ型の座席に座り、くるくる回る、食後には少々辛いアトラクションだ。座席の中央にあるハンドルを回すと、進む方向やスピードを変化させることが出来る。


「いいんですか?」

「ここまで来たら、ね。毒を食らわば皿まで、だよ」

「ひどい表現ですね。……でも、ありがとうございます」

「そのかわり、あまり回さないでね」

「くすっ。はい、あんまり回しません」


 あんまり、を強調した私に、「勘弁してくれよ」と竹島さんは眉を下げた。

 その顔を見て、私は笑いが止まらくなった。ハンドルを回しすぎて、二人とも目が回ってしまった後も。


 夜はメインストリートでエレクトリックパレード。

 まばゆい光が惜しみなく輝き、たまたま立っていた所が良いポジションだったらしく、全てのフロートを正面から見ることが出来た。

 夜になってぐっと下がった外気がとても寒い。だけど、寒い分、夜空にライトがキレイに映える。


「これ、見たかったんですよ。ここには子供の頃に来た以来で。その時は疲れて眠ってしまって見れなかったんですよね」

「そうなんだ。俺はここに来ること自体が初めてだからなぁ。でも、来てよかった。新しい発見もあったし。何事も経験だよな」


 パレードを見つめる竹島さんはとても楽しそうに見えて、私は安心した。


「良かった……」

「ん? 何が?」


 私の小さな呟きが聞こえてしまったらしく、パレードに向けていた目を私に向けてきた。


「あ、今日は付き合わせてしまって申し訳なかったな、と……」

「何言ってんの、俺の方から誘ったんだよ?」

「……ありがとうございます」


 目が潤みそうになって、慌てて指で鼻をこすった。


「そういえば、知ってる? ここって、従業員通路は地下にあるらしいよ。お客さんに現実を見せないように」

「ええっ!? そうなんですか?」

「そうそう。スタッフもあのパレードのキャラクター達と同じで、お客さんを楽しませようとしてるんだ。そういうところ、すごいよなあ」

「ほんとですね~」


 私の涙線がゆるんだのを察知して、自然と話題を変えてくれた竹島さん。

今日はすっごく楽しかったな。明日からまた頑張れそう。


 その時、スマホが振動しながら鳴った。休日でも店から緊急の電話がかかってくるため、マナーモードにはしていない。それに表示された相手の名前を見て、私は音量を下げてから再び鞄の中にしまった。


「電話、出なくていいの?」

「ああ、はい。大丈夫です」


 そう、と言って竹島さんはパレードに視線を戻す。これ以上聞かないで欲しいという私の表情を敏感に読み取ってくれたようだ。


 スマホはその後もしばらく震え続け、やがて途絶えた。

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