第20話 nightmare

 ねぇ。

あの時ああしていれば、こうしていれば。

未来が変わったかもしれないって考えたことある?

私は毎日思ってるよ。

あなたの横顔を見るたびに、いつも――。


*1月1日(月)雪*


 降りしきる雪の中。

クリスマスツリーが色とりどりの光を放ち、輝いている。

少し先に佇む徹くんがこっちを見て微笑んでいる。

呼吸するたびに白くなる息。

あ、徹くんが手袋を外して、手をこっちに伸ばしてきた。

手をつなごうって言ってくれてる。

……良かった。

あのクリスマス・イヴの事は、全部夢だったんだね。

久々のデートだから緊張して変な夢を見ちゃったのかな。

大好き。大好きだよ、徹くん。


 そして、私が徹くんの手を握ろうと手を伸ばした時――目が覚めた。

私の瞳からは波がとめどなく溢れていた。

彼の手を掴もうと、右手を伸ばしたまま……。


 ああ。何度、この夢を見れば気が済むんだろう。

あの日から毎日見ている夢。これが私の、初夢だった。




 クリスマス・イヴから降り続いた雪はやむことはなく、年を越した今も関東圏内を一面真っ白に染め上げていた。


「それでは1月1日、朝の朝礼を始めます。おはようございます!」

「「「おはようございます!」」」


 私が号令をかけると、スタッフ全員が復唱する。


「そして、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「おめでとうございます」「あけおめ、綾乃さ~ん」「おめでとー」


 新年のあいさつにはそれぞれの言葉で返事が来る。朝のピリリとした空気が少しだけ緩和した。


「やっとクリスマスプレゼント攻撃と、年末のレンタルラッシュが終わったと思ったら、もう新年のお年玉セールが始まりますね。えー、特にゲームは大幅に値下げしているので、開店前から行列が出来る可能性があります。行列の整理、お声掛けなど、お客様への配慮を心がけてください」

「「「はいっ!」」」

「あと、雪で床が濡れて滑りやすくなると思いますので、定期的にモップで拭くようにしてください」

「「「はいっ!」」」

「では、今年も子供たちからガンガンお年玉を絞り取ってやりましょう!」

「「「ブフッ…はいっ!!」」」


 皆がニヤニヤしながら、あるいは吹き出しながら返事をする。

 その後、今日の売り上げ目標や各担当のスケジュールを確認しあってから解散となった。


「あーやーのーさんっ」


 事務所へ向かおうとする背中に、急に温かな重みが加わる。


「まりえちゃん! 朝から出てくれてありがとう。ごめんね」

「いえーいいんですよ。どうせ家に居たっておせち食べて嫌な親戚の相手するだけですもん。稼がせてもらいますよー!」


 まりえちゃんは学生だから基本は17時以降の勤務なんだけど、雪のせいで来れない朝のスタッフの代わりに来てくれているのだ。年末から年始にかけては時給が少しだけアップするから、朝イチで携帯に電話すると、まりえちゃんは二つ返事で「行く!」と引き受けてくれた。


「最近、明るいですよね。何かいい事ありました~?」


 まりえちゃんの無邪気な一言に、私の呼吸が一瞬止まる。


「……ううん、そんなことないよー」

「またまたぁ。あ、そろそろ行かなきゃ。じゃあまた後で!」

「うん、頑張ってね」


 私は笑顔のままで手を振った。まりえちゃんは売り場を横切って階段を下りて行った。

 後には手を上げたままの私が取り残される。

……私はうまく笑えていただろうか。


 予想通り、その日は開店時からお客さんがひっきりなしに来店してきた。

 テレビは正月の特番ばかりで、興味がない人にとっては退屈極まりない内容になっている。そのために、DVDのレンタル、特に子供用にアニメを借りて行く親御さんが多かった。

 そして、ゲームコーナーでは最近発売されたばかりのテンテンドーのハード機が大特価ということもあり、押すな押すなの大盛況だった。

 私は休憩を取る間もなく、接客に追われていた。


「榊さん、お疲れさま。そして明けましておめでとう」


 遅番の店長が事務所に入って来る。頭とコートには雪が乗っていて、暖気で少し溶けていた。まるで雪が降った翌日の雪だるまみたいだ。


「あ、お疲れ様です。明けましておめでとうございます」

「今日どうだった?」

「いやもう、すごかったですよ。ほら見てくださいよ、今日の売り上げ」


 私はノートPCの画面を店長の方に向けて数値を見せると、店長は驚きの声をあげた。


「なるほど、こりゃ想像以上だねぇ」


 そうですね、と頷く私に、店長はすまなそうに眉を下げた。


「ごめんねぇ、正月なのに朝から仕事で。明日も仕事だし、実家には帰らなくて大丈夫?」

「あ……はい、大丈夫です」

「確か去年もそう言って結局休み取らなかったんじゃなかったかな」

「いいんですよ。実家には帰ろうと思えばいつでも帰れるんですから」

「そう? ほんと悪いね。助かるよ。新学期が始まったらお客さんも減るから、まとめて休みを取れるようにするから」


 そう言って店長は上着片手に奥の更衣室へと向かって行った。


 こういう時、仕事があって良かったと思う。

忙しく働いている時は、余計なことを考えなくても済むからだ。

今は遠くにいる、彼のことを。

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