第17話 can you keep the secret?

*11月30日(木)雨*


 今日はDVDの新作が大量に入荷してきたから、朝から大忙しだった。昨日のうちにパートさんと相談して商品を並べるスペースは準備しておいたんだけど、届いた商品には新作シールや枝番シール(DVDケースとディスクに同じ番号を貼り、入れ間違いなどが起きないようにするためのシール)を貼ったり、防犯タグを付けたりする作業で大忙しだった。


 それに、事務所での作業中も、問い合わせや電話の対応に引っ張り出されることもしょっちゅうだ。今日はうちで借りたDVDを紛失したから、その辺の店で買って返す、という内容の電話が掛かって来た。レンタル用のDVDは、著作権使用料を含んでいるので、弁償となるとかなり高額なのだ。その辺で三~五千円くらいで買えるものが、物にもよるけど、一本一万円以上することもある。


「申し訳ございません。レンタル用のDVDは店頭で販売している販売用のDVDとは規格が異なります。店頭でレンタル用のDVDは販売しておりませんし、販売用のDVDはレンタル禁止となっておりまして……」


 お客様に説明するだけで、何分もかかってしまった。返却日までまだ時間があるので、ご自宅や車の中などをもう一度よく探してみて、どこかで落とした可能性があるなら最寄りの交番へ届け、やはり見つからなかったら再度ご連絡ください、と言って通話を終えた。そして、お客様の名前・連絡先・経緯を引継ノートに記入したときには、すっかりやる気(もともとあんまり無かったけど)を削がれていた。


 私の指は無意識に胸元へと伸びる。シャツの上からそこにある固い感触を確認し、少しだけ息を吐いた。


「彼氏からのプレゼントですか?」


 その時、背後から急に声を掛けられ、心臓が止まりそうなほど驚いた。振り返ると、バイトのまりえちゃんの姿がそこにあった。誰もいないと思っていたけど、事務所の奥にある休憩室に居たらしい。


「びっくりしたー! まりえちゃん、驚かさないでよ」

「てへっ、すみません。驚かせようと思って」


 まりえちゃんは口では謝りつつも、ちっとも悪く思ってなさそうな顔で笑う。


「んで、そのネックレス、彼氏からのプレゼントですよね?」


 にやにやした顔でそう問いかけられ、答えるよりも先に頬に赤みがさしてしまう。


「う……ん。まぁ……そうだね」


 照れかくしに曖昧に答えた私に、まりえちゃんはやっぱり! としたり顔になった。


「たまに珍しくポーッとしたかと思うとよく触ってたんで、きっとそうだと思ってましたぁ。ついでにそれを貰った相手、徹くんですよねっ?」


 思いがけない指摘に、私はゴホッっと盛大にむせた。


「な、な、なんでそれをっ?!」


 誤魔化すことも忘れ、咄嗟にそう言ってしまっていた。でもきっと、ここで否定したとしても、顔は茹でダコのように赤くなってしまっている。それが答えになっているだろう。


「私が気付いてないとでも思ったんですか? 8月末の、綾乃さんのあの挙動不審な逃亡、その後の徹くんの追跡事件、アレで気付かなかったらどうかしてますよ~」


 た……確かに! その時はいっぱいいっぱいになってたし、その後まりえちゃんはいつもと変わらない態度だったから、バレてないと思ってた。けど、どうやらその考えは甘かったみたいだ。


「みんなには黙っててくれたんだね、ありがとう」


 感謝の意を伝えると、まりえちゃんは照れ笑いをうかべた。


「人の恋路を邪魔すると馬に蹴られちゃいますからね。でも、徹くんが綾乃さんを追いかけるあのシーン、ドラマみたいで素敵でしたよ」


「そうだったんだ……」


 あれはちょうど三カ月ほど前の出来事だったんだ。あれから色んな事があって、なんだかとても遠い事のように感じる。


「最初はびっくりしましたよぉ。まさか綾乃さんと徹くんがって。でも美男美女でお似合いですよね! ね、ネックレス、見せてくださいよ~」


 う、うん、と答えて、私はシャツの襟からネックレスを取りだした。


 誕生日の夜、家の前まで送り届けてくれた徹くんは、思い出したかのように細長いチョコレートブラウンの箱を差し出した。クリーム色のリボンをほどいて箱を開けると、姿を現したのがこのネックレスだった。

 それはジュエリーで有名なBEYONDのもので、シルバー(ホワイトゴールドらしい)でスノードロップの形をしていて、右下には四つ葉のクローバーのように輝く石が埋め込まれていた。花束を貰っただけで有頂天になっていた私は、おまけのように差し出されたそれに嬉しい反面、とても躊躇したことを覚えている。

 徹くんはまだ学生だ。レストランでの会計も、私が席をはずしている間に済まされていて、財布を出そうとした腕を優しく抑えられてしまった。その上、BEYONDのネックレス。彼には大きな負担になったんじゃないだろうかって。


 そんな不安を読みとったかのように、徹くんは「受け取って。俺のことが好きなら」と言った。「そんな言い方、ズルイ」と言う私の頬に触れるか触れないかのキスを一つ落とすと、彼は後でメールする、と言って足早に去って行ってしまった。私はいつまでも温もりが消えないように、徹くんが触れた右頬を抑えていた。もっとキスして欲しかったな…と思ってしまった事は恥ずかしくて誰にも言えない。


「うわ、かわいい~! いいな~。私もこんなの、カズがくれたらいいのにぃ」


 私の回想は、真理恵ちゃんの感嘆の声に打ち消された。やばい、トリップしちゃってた。


 ……ん? まりえちゃん、今、何かすごいこと言わなかった?


「……カズ?」


「えへへ。前に相談したの覚えてます? あれ、佐藤和義のことだったんです」


 あまりの爆弾発言に私は言葉を失った。まりえちゃんと佐藤くんは確かに仲が良いけど、あくまで友達だと思っていた。まさかそんな関係だったなんて。


「綾乃さん達を見て、考えを変えてくれたみたいで。向こうからちゃんと付き合おうって言ってくれたんです。あ、もちろん、二人のことはカズは何も言いませんでしたよ? 男と男の約束だからって。通らせもんはいただきましたけど。あれすっごくおいしかったです、ごちそうさまでした!」


 徹くん、ちゃんと佐藤くんに内緒にしてくれるように言っててくれたみたい。これからはなんでも相談してくださいね、というまりえちゃんはキラキラしてとってもかわいかった。


*12月4日(月)曇りのち晴れ*


 今日は本社で会議。午前中は会長や社長など、お偉いさんの話を聞き、午後は事業報告や年末年始の商戦(すでに決まっている案の問題点を各店から吸い上げる。これが長くてなかなか辛いんだよね)などを話し合う。いつもは店長が一人で出席していたんだけど、今回は何故か私も同伴を言い渡されている。しかも、うちの店の予算・実績などの数値を私が発表するように言われ、ここ一週間はその資料作りに大わらわだった。


 午前の部が早めに終わり、これから一時間ちょっとの昼休憩、という時。


「榊さん、午後はいよいよ発表だね。資料の方は大丈夫?」


「バッチリです、店長。ちゃんと分かりやすくパワーポイントでまとめてありますから……」


 そう言いながら、自分の鞄に手を入れた私は、その手が空振りに終わって、一瞬で青ざめた。

無い! 確かに昨日、ここにUSBメモリーを入れたのに!

私は鞄の中をかき回すように探したけれど、その存在はついに確認出来なかった。配布用の資料はあるのに、肝心前方スクリーン用のものがなければ意味がない。


「……まさか忘れたの?」


 店長のやんわりと責めるような口調にますますパニックに陥る。落ち着いて、綾乃! 昨日まではたしかにあった。じゃあ今日は? そう考えて、はっと気づく。そうだ、今日の朝、もう一度念のために資料を確認しておこうと思って、店のPCにさして、そのままだったかもしれない……。店長に、すみません確認してきますと告げ、何か言ってる彼を置き去りにして外に飛び出す。携帯を持つ手が震える。動揺したまま祈るような気持ちで店に電話を掛けると、五コール目でやっと繋がった。


「お電話ありがとうございます。松田屋田町店、坂木でございます」


 電話に出たのは徹くんだった。何で平日のこの時間に徹くんが、という疑問は全く浮かばなかった。気付くと、私は彼に向って叫んでいた。


「お願い、徹くん。助けて……!」

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