39.ササヤカな日々

動き出した車はほどなくして


機械式の駐車場の前で停まった。



「今日は俺の家に泊まって」



先輩が見上げた先には


最近建ったばかりの高層マンションが


キラキラと輝いていた。




車を駐車場に入れてエントランスに向かう。




まるでホテルのような広いロビーを


部屋着の延長みたいな格好で歩くのは


ばつが悪くて下を向いたまま


先輩の背中を追う。




エレベーターを待つ間も居心地が悪くて


どうでもいい質問を投げ掛けた。



「も、もしかして最上階に住んでるとか?」



「まさか(笑)」



「賃貸ですか?」



「そうだよ」



「家賃、高そうですね」



「それなりにはね(笑)」



私たちは数万円の家賃すらまともに払えなくて


必死でもがいてる。


住む世界が違うとはこの事だ。




私には似合わない世界。




「サヤ、早く乗って」




ふいに腕をつかまれて


引っ張られた勢いで


先輩にドスッとぶつかると


「うっ」と鈍いうめき声が聞こえた。




「だっ、大丈夫ですか?!」



「だ、大丈夫大丈夫。そんな突っ込んで来ると思わなかったから(笑)」



「すみません…」



「吹っ飛ばされなくて良かったよ(笑)」




先輩につられて笑っていると


気持ちがほぐれる。




部屋の中もホテルみたいで


生活感が感じられない。




「引っ越して来たばかりだから」



「それにしても…」



茶色い革のソファーも新しい匂いがする。



重い私が座っても弾き返すほどの弾力。



「ワインしかないけど、飲む?」



「あ、はい」



部屋着に着替えた先輩が


赤ワインとチーズの盛り合わせを


ガラスのテーブルに並べた。




「最上階じゃなくても綺麗に見えるよ」




カーテンが開かれて


大きな窓に夜景が映し出された。




「ほえー、すごー」




「うん(笑)」と先輩は笑いながら


ワインを注いだ。



「これ飲んでお風呂に入って寝るといい」




寝たら幸せだった頃に戻れるんだろうか。



起きたら晴生が迎えに来てくれるだろうか。




あり得ない妄想だということは


グビグビと胃にワインを流し込んで


熱くなった体と回らなくなった頭でも


十分に理解できた。




火照る体をぬるめのジャグジーに浸からせ


ブクブクの絶え間ない泡を見ていると


涙がしたたり落ちては消える。




私はこれからどうすればいいんだろう。




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