35.ササヤカな日々

目を覚ますと病院のベッドにいて


点滴に繋がれていた。




「お、目覚めた」




パイプ椅子に座っていた男の人が


雑誌を置いて私の顔を覗き込んだ。




「かっ、和輝かずき先輩?!」




新卒で入社した会社の先輩で


よく一緒に仕事をしていた。




「サヤ脱水症になってたから点滴してもらったよ」



「何で先輩が??」



「電話してきたのそっちじゃん(笑)」




エアコン工事用の作業着を着たままで


先輩は笑った。



スマホを見ると『お母さん』に掛けたはずが


『岡辺和輝』に掛けていた。




「すみません。母と間違えました……」



和輝先輩が私の薬指をつついた。



「結婚したんだね」



「あー、はい。まあ」



「それじゃ、俺行くから旦那さんに迎えに来てもらって……」



背中を向けた先輩の服を掴んだ。



「仕事中なんで無理です。私も帰るので病院代を貸してもらえませんか」



「ああ、いいよ。じゃあ、家まで送るよ」



「あと私インフルエンザなんです」



「俺かかんないから平気だよ(笑)」




会社の軽トラで送ってもらう。


三十代のわりに若い横顔を眺めながら


何だか懐かしい気持ちになる。




「よくサヤを乗せて現場に行ったよなー」



「ですね」



「もう十年前くらいか。あの頃はまだ子供って感じだったけど、すっかり大人になったな」



「あの頃から三十代主婦に間違われてましたけど」



「それはパッと見の印象でしょ。近くで見てたら幼い感じがしてたよ」



「そうですか」




点滴が効いたのか随分体が楽になっていた。




アパートの下で待ってもらい


急いで着替えて財布と通帳とカードを持って


先輩の車へ戻った。




「すみません。現金ないんで郵便局のATM連れてってください」



「別に今日じゃなくていいよ」



「いえ。お金のことはきちんとしたいんで!」



「はいはい(笑)」




目尻の皺に一瞬キュンとした。




そういや晴生の笑った顔を


最近見たことあったかな。




郵便局に連れてってもらって


お金を下ろそうとすると


『残高不足』となる。




どういうこと??




不思議に思って通帳記入すると


貯金も全部引き出されていた。




んなっ?!




やられた!晴生だ!!




何なの、もう……。




晴生が過ごしやすいように


仕事を頑張れるように


自分なりに頑張って来たつもりだった。




それがコソコソとお金を盗まれ


口座からもお金を抜き取られ


何この仕打ち……。




先輩の所へ戻って頭を下げた。




「すみません。次のバイトの給料日までお金借りてていいですか?」



「それはいいけど、どうした?何かあった?」



「いえ、大丈夫です」



お腹の虫が派手に鳴った。


昨日から何にも食べてない。



「あー、えっと(笑)。お弁当買ってあげるから話聞かせてよ」



肩をポンポンと叩かれて


コクリと頷くと、涙がポタリと落ちた。






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