10.ササヤカな日々

案の定


年末年始は連絡すらなかった。



私は実家で甥っ子の面倒を見ながら


家族で過ごした。





年明け最初の出勤日に


新しいバイトの女の子がやって来た。



同い年のはずなのに


顔は童顔で体つきがグラマーな


男受けしそうな学生さん。


大学を出た後


税理士か会計士か何かの資格を取るために


専門学校に通っているらしい。




白浜心咲しらはまみさきです。お願いしまーす」



「岸谷サヤカです。あ、これ制服」




着替えてもらっている間に


手書きの名札を用意する。




戻って来た心咲はポロシャツのボタン全開。



屈んだら胸元見えそう。




「名札は自分で下の名前を書いてね」



「わかりました~」



黒いペンで『心咲』と丸文字で書いて


勝手にニコチャンマークを足していた。




まあ、いいけど。




飲食店のバイトはホールだけでなく


キッチンもやっていたことがあるらしく


何事も覚えるのは早い。




「今日は新年会の予約があるから二階のセッティング教えるね」



「はい!」と元気よく返事をする心咲が


持って上がる物をメモしていて


意外と真面目なんだと思う。




さん付けも敬語もいらないよ~と言ったけど


「サヤカさんは先輩ですから」と


遠慮するのも健気だ。





テーブルのセッティングが終わると


晴生が心咲を手招きして呼んだ。



「高校生のバイトが休むって言うから、今日は料理の準備を手伝って」



咄嗟に「私がやろうか?」と言ったけど



「サヤカしかホール一人で回せねぇだろ」と


却下されてしまった。




厨房の中に入った心咲の頭に


晴生はバンダナを巻いてあげている。


巻き終わって「よし」と頭をポンとした。




ああっ、頭撫でた!




私が思ったと同時に


心咲も驚いたように晴生を見上げた。




荒井さんが出勤してくるまでの間


晴生は心咲と料理の作り方を教えていた。




心なしか距離が近い。




他のバイトの女の子たちは高校生で


オーナーから未成年者には手を出すなと


うるさいほどに言われているせいか


晴生はエリちゃんたちを必要以上に寄せ付けない。




心咲は学生だけど大人だから


特にそういう配慮をしていないだけ……と


思いたい。




予約客が来てからはバタバタだったけど


心咲が要領よく動いてくれたせいか


走り回らずに済んだ。





二階の片付けをしている時


心咲が「店長って彼女いるんですか?」と


私に聞いてきた。



「いないよ」



「でも、モテますよね?」



「どうなんだろね」



「絶対モテますよ。天然たらしですよね~」




天然たらしというよりは


天然ボケじゃなかろうか。




「心咲は付き合ってる人いないの?」



「クリスマス前に振られたんですよ~」



「あらら」



「聞いてくれます?」




超絶興味ない。




「また今度ね」



「やだぁ。サヤカさん聞く気なーい(笑)」



「バレたか(笑)」



「ひどーい(笑)」と同じ調子で笑う心咲は


気さくで可愛いと女の私でも思った。





晴生の目にはどう映ったんだろうか。





閉店時間になり


一足先に着替え終わった心咲は


Vネックのニットから谷間を覗かせ


太ももが半分くらい見えるミニスカートに


ロングブーツを履いていた。




出るとこ出ているわりに細い腰と長い脚。



まとめていた髪を下ろすと


巻き髪がふわふわとして大人っぽい。




「お疲れさまでしたぁ」




スタイル抜群の後ろ姿を見送る。




ふと荒井さんが視界に入った。




完全にニヤニヤしている。




「鼻の下伸びてますよ」



私が言うと荒井さんは咳払いをした。



「そりゃ伸びるよね、店長?」



晴生は食材の発注書を書き込みながら


「何が?」と答えた。



「見てないのかよ(笑)。心咲ちゃんエロ可愛いよね」



「手際よくて助かったな」



「そうじゃなくて……(笑)」




噛み合わない会話を聞いていると


晴生にとっては心咲も単なるバイトの一人のようで


心底ホッとする。




その日はまだ終電のある時間に終わったのに


バイクで送ってくれた。




翌日は年始早々の土曜日だから


夜九時までしか営業しないらしく


「店が終わったらカラオケ行こうぜ」と誘われた。



「明日私は休みだから終わる頃に行くね」と応える。





また何気なく休みを一緒に過ごす日が


続いていくんだと思っていた。







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