7.ササヤカな日々

雨の日。



お店には珍しく客が一組もおらず


二階の座敷の予約を待つ間


私とエリちゃんは掃除をしていた。




晴生は黙々と予約の料理の準備をしている。




荒井さんが冷蔵庫から刺身を出して


「サヤカちゃん、そろそろ並べて来て」と


言われて私は二階に上がった。




刺身と箸と小皿を並べて終えて


階段を下りていると


エリちゃんが荒井さんに


「店長とサヤカさん怪しくないですか?」と


聞いていて思わず足を止めた。




「よく二人で出掛けてるね」



「文化祭も二人仲良く来てたし~」



「どうなの、店長?」




荒井さんの問い掛けに


調理している音が止まった。




「サヤカは男友達みたいなもんだよ」




その単語に重くて鈍い衝撃を受けた。



男友達……かあ。



わかっちゃいるけどさ。



少しくらい考えてから答えてよ。




「じゃあ、私は~?」




ドキリとする。



エリちゃんは店で一番可愛いし


晴生のお気に入りだった。




「店の責任者は未成年の保護者代わりだよ」




それも即答で安心してしまう。




「店長を親とは思えませんよぉ」



「なら兄貴と思えって……」




もう聞き耳を立ててるわけにはいかず


わざと足音を立てて階段を下りた。




「他に持って上がるものある?」




私が言うと荒井さんも店長も


作業を再開して「これもお願い」と


小鉢を大きいお盆に乗せた。




エリちゃんは晴生を好きなんだろうか。




「私も手伝います」と一緒に上がってきて


テキパキと並べるエリちゃんを見る。




すっぴんの私と違って


メイクも髪型も手が込んでいて


女の子らしくて可愛い。




精一杯のお洒落が


スカートをはく事というレベルでは


勝てる気がしなかった。






私と晴生の関係が変わるキッカケは


年末の忘年会だった。




最終日は夜七時に閉店した後


オーナーや他店舗の店長と社員が来て


うちの店の二階で宴会が始まった。




九時頃までは


颯斗くんやエリちゃんたちの高校生もいて


ワイワイとした雰囲気で鍋をつついた。




一次会が終わって未成年者を帰した後


鍋を片付けると本格的にお酒を飲み始めて


あっという間に酔っ払いカオスになった。




オーナーはお酒が入ると


かなりのセクハラ親父へと変貌する。




最初は他店のパート主婦の体を触っていた。



「オーナーだめえ」と言っていたが


本気で嫌がっているようには見えず


放っておいた。



次に若い社員さんを触り始めると


「や、やめてください」と言って


困っている様子だったから止めに入った。




「オーナー、嫌がってますよ」



「じゃあ、サヤカちゃん触っていーい?」



このままだと別の若い女性が犠牲になると思って



「はいはい、どうぞ」と覚悟した。




遠慮なくガバッと胸をつかまれて


「おー、おっきいねー」とモミモミされていると


私の背後から晴生がオーナーの手首を掴んだ。




「うちのサヤカに気軽に触らないでもらえます?」




そう言って制止すると


私を部屋の隅に追いやって


晴生が隣に座った。




「お前ちゃんと拒否しろよ」



「別に減るもんじゃないし」



「減るだろ」



「他の女の子が触られるの可哀想なんだもん」



「お前も女の子だろ」




晴生は不機嫌そうに煙草に火をつけた。




男友達みたいなもんって言ったのは


そっちでしょ?




でも「ありがとう」と酔った勢いで


もたれかかると、晴生は何も言わずに


頭をポンポンと撫でてくれた。







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