6.ササヤカな日々
「どっか煙草吸えるとこない?」
店長が私のパンフレットを覗き込む。
「さすがに学校の中は無理でしょ」
「……校舎裏行くか」
「いやいや、喫煙場所じゃないって」
店長は「いいじゃん」と言って
スタスタと歩いていく。
仕方なく後を追う。
カップルの先客がいたけど
一瞥するとそそくさと消えた。
日陰の目立たない所に
空き缶があって中に吸い殻が入っていた。
同じような喫煙者がいたのか
悪い高校生の痕跡かはわからない。
店長は壁にもたれながら煙草に火をつけた。
「サヤカは吸ったことないの?」
「ないよ」
「試しに吸ってみる?」
好奇心だったというよりは
少し目を細めて煙を吐く仕草が
たまらなく色っぽくて断われず
向けられた四角い箱から一本引き抜いた。
「ど、どうすれば?」
「咥えて」
フィルター部分を口に咥えると
店長は先端にライターの火を当てた。
「ちょい強めに短く吸って」
と言われたけれど
吸い込みすぎて思いきりむせた。
「ゴホッ、ゲホッ」
「慣れるまでは浅く吸う方がいい」
店長は背中を撫でると
「吸って」「煙を口に溜めて」
「少し吐いて」「空気と一緒に肺に流して」
ゆっくりと煙草の吸い方を教えてくれた。
「サヤカ、上手いじゃん」
褒められた頃には頭がくらくらした。
「あ、頭が……」
「俺の煙草重いからな。軽いやつならマシなはず」
重い軽いの意味がわからない。
むせるわ、頭痛いわ、
絶対こんなの体にいいわけない。
そう思ったけど
「これで仲間入りだな(笑)」と
左眉だけ下げた悪そうな顔に
「だね(笑)」と答えた。
ずーっと後に禁煙に苦労することなど
全く考えもしないで
私は喫煙者の仲間に入った。
「そろそろ颯斗のダンスの時間だな」
煙草を消そうとする店長に
ポケットサイズの携帯灰皿の蓋を開けて
「はい」と差し出した。
「何で吸わない奴が持ってんだよ(笑)」
「周りは喫煙者多いから持ち歩いてんの」
ポイ捨てを見るのが嫌いだった。
「用意周到だな」
店長が煙草を捩じ込んだ後
私も同じようにして蓋を閉めた。
体育館に移動すると
ちょうど一年生の出し物が始まった。
颯斗くんのクラスのダンスは
衣装のクオリティとは違って
キレがあってかっこ良かった。
何人かは本当の女子高生に見えるほど
可愛く仕上がっている。
体がゴツい男の子は
女子の制服は似合わなかったけど
チラチラ見える腹筋が割れていて
それはそれで悪くはない。
店長はダンスが終わると帰るモードで
私が最後にスイーツを食べるのを
「食いすぎ(笑)」と苦笑いしながら
渋々と付き合ってくれた。
帰りの車の中でも
助手席で爆睡していた店長が
バイクに乗り換えた時
「次はパンツで来いよ」
と言って帰って行った。
次?と思っていたら
翌々週にはエリちゃんの文化祭にも誘われた。
休みの日に映画や買い物と
何気なく一緒に過ごす事が増えていく。
ある時
「店長、待って」と呼び止めると
「外で店長って言うのやめようぜ」と
困った顔で振り返った。
「じゃあ、何て呼べば……?」
「
「晴生……さん」
「さん付け気持ち悪いから呼び捨てでいい」
「晴生?」
「うん」と満面の笑みで私の頭をポンと撫でる。
胸が高鳴る。
「晴生」
「何だよ」
「呼ぶ練習してるだけ(笑)」
「いらねーだろ(笑)」
照れた顔に心臓がきゅっとした。
この瞬間
私は晴生を好きかもしれないと
少しだけ思った。
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