171.Sな彼女とNな彼

「実結はエッチすれば機嫌取れるけど、面倒臭いから服着たままで適当に済まそうとしたんじゃないの?!」




そんなわけないと知っているのに。




「何でそうなんねん……」




紀樹を困らせてる自分が嫌だ。




「もういい。帰る」




「は? 何で……」




お腹が痛い。



タイムリミットは迫ってる。



泣きたい気持ちは知られたくない。




「紀樹は私の気持ちなんかどうでもいいんでしょ!」




「そんなわけないやろ」




全部を吐き出してしまえば


受け止めてくれると知っているから


言えなくなる。




好きな道を選んで欲しい。




肩に置かれた手が優しくて


離れたくない。





「……結婚してよ」





お金なんかなくても


誓いを立てることだって可能なのに。




「今は無理やって前に言うたやろ」




「いつなら出来るの?!」




私には時間があまり残っていない。




「今はわからん……」




「今は無理、今はわからんって、私はいつまで待ってればいいのよ!」




そんな八つ当たりで紀樹を責めるのは


絶対に間違っている。




「それは……」




困った顔で黙っている紀樹を見て


自分の浅はかさが嫌いになる。




テーブルに置かれた携帯が震える。




会社名が映し出された携帯は


しばらくして動きを止めた。




私が行かないでと言えば


紀樹は電源を落とすと思う。




「仕事なんでしょ? 私は帰るから大好きな会社に行けば?!」




今の会社で一番大事な仕事かもって


前に話してた。


やりたいことに夢中になる紀樹の


キラキラした瞳が好きだから。


行って欲しくないとは言えない。




「何やねん、その言い方……」




挑発に乗らずにションボリする紀樹に


胸が痛む。




お腹も痛い。




帰らないとまずい。




再び鳴り出した携帯を取って


通話ボタンを押した。




「あっ、こら……」




“もしもし” と受話口から声が聞こえる。




黙って紀樹に携帯を渡して


帰り支度をする。




「すみません。今取り込み中なんで簡潔にお願い出来ます?」




不機嫌に紀樹が応じる。




会社の上司かな、と思う。




どうやら緊急事態の様子。




「うっわ、最悪……」




その一言ですぐに行かなきゃいけないと察した。




立ち上がると思わず溜息がこぼれた。




ドアノブを回す腕をつかまれて



「送る」と言われたけど



首を振ってドアを開けた。





紀樹がクローゼットから


スーツを出しているのが


ちらっと見えた。




慌ててドアを閉める。




スーツを着ている紀樹は


いつもに増してかっこいいし


一緒に働いていた頃を思い出して


無駄にときめいてしまう。




そんな姿を見てからでは


帰りたくなくなる。





惚れている人に


自分から離れることを選ぶのは


正しいのか、間違っているのか。





誰か正解だって言って欲しい。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る