172.Sな彼女とNな彼

何もないように日常を過ごす。



それがいかに難しいことかっていうのは


当事者にしかわからない。




園子が早めに産休に入ることになり


代わりに隣のグループにいた理世ちゃんが


私のグループにやって来た。




理世ちゃんは朔くんが好きなんだろうなって


ハロウィンくらいから思っていて


二人が仲良く話しているのは


微笑ましくて……、羨ましい。





紀樹からは何度も謝罪の電話が来て


「別に怒ってない」とだけ伝えた。



次の約束をして


また急にダメになるのが嫌で


しばらく私も忙しいって言ってある。




電話の向こうに


紀樹の困った顔が見えるようで


どう接すればいいのかわからなくなる。





病院に行くと


悟さんはいつもタイミング良く現れて


私の病状だけでなく現状を心配してくれた。




悟さんがいなかったら


私は壊れてしまっていたかもしれない。




缶コーヒーを差し出される。




「すみません。コーヒー苦手なんです」



「そうなの?前は飲んでたよね」



「飲めなくはないですよ。ありがとうございます。いただきます」



「いやいや(笑)。俺が後で飲むから。実結ちゃんは何が好きなの?」



「ミルクティーです」




悟さんは自販機でロイヤルミルクティーを


買ってきてくれた。




「彼氏にプロポーズされた?」



「いつになるかわからないです」



「病気も一つのキッカケだよ」



「……悟さんは自分の股間が切り取られるって時に好きな人と結婚しようって思うんですか?」




悟さんはコーヒーを吹いた。


今日は白衣じゃなくて紺のユニフォームで良かった。




「股間って痛い話しないでよ(笑)。まあ、でも思わないかもしれないね」



「……私の彼はモテるんです」



「うん?」



「私が消えれば、もっと健康な女の子と一緒になれると思います」



「実結ちゃんの代わりなんていないよ」




本当にそうなのかな。




私だって紀樹と会う前には


野本くんしかいないって本気で思ってたし


ずっと一緒にいると思ってた。




人の気持ちは変わる。





病院の敷地の片隅に小さな神社があった。





もしも



もしも紀樹のそばに素敵な人が現れたら



その人が紀樹を支えてくれますように。




私の一番の願いは


紀樹の夢を守ること。




例え


私が隣にいなくても。








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