144.Sな彼女とNな彼

足がガクガクと震える。




「それは別れるっていうこと?」




震えが止まらなくて


ワンピースのスカートを両手で掴んだ。




「別れるんは嫌や。結婚を待って欲しいねん」




手に嫌な汗が滲む。




「待つ……?」



「三年以内に何とかするから俺に時間をくれへん?」



「さ、三年?!私三十過ぎちゃう」



「わかってるやん。もっと急ぐから……」



「ちょっと待って。訳がわかんない」




カクテルを一気に飲んだ。




「親父の働いてた会社が倒産してん」



「そう……なんだ」



「俺もオカンも聞いてなくて。半年前から給料も出てなかったらしいねん」




それと紀樹に何の関係があるのか


正直あまりピンと来なかった。




「最初は貯金を切り崩してオカンに渡してたみたいなんやけど……」




家のローン、リフォームの費用、


私立高校に入学したばかりの弟の学費で


どんどん貯金は減っていき


一発逆転を狙ったギャンブルが原因で


借金を始めた。



借金を始めるとあっという間に


借金を返すための借金をする悪循環にはまり


どうにもならなくなったところで


紀樹に助けを求めた。




「俺の貯金も全部渡してもうたし、それだけでは足りんかったから俺名義でキャッシュローンしてんねん」




私の年収を超える借金額に背筋が凍る。




「貯金なし借金ありの男が結婚は無理やろ」




絶句した。




ほんの数日前には高級リゾートで


贅沢な旅行をした。


殆どの費用を紀樹が出してる。



今日のディナーもバッグも


決して安くはないはず。




そんな贅沢……別にいらない。




欲しくない。




紀樹がいればいい。




「私に貯金あるから、返済の足しに……」



「できるわけないやろ」



「私と紀樹のお給料を合わせれば、借金返済しながらでも紀樹の家族を養って生活できるよね?」



「実結」



「チーフになって役職手当もついたし、夏のボーナスだってきっと去年より貰えるよ。だから全然、隆人たかとくんの学費も払える……」



「実結、ちょっと落ち着いて」



「だって……」




体が熱い。顔も熱い。



涙がポタポタと手の甲に落ちる。




「紀樹と早く結婚したい」




私の涙を拭いている紀樹の目にも


涙が浮かんでいた。




「俺も同じ気持ちやから」




「お金なんてなくていい」




指輪もいらない。結婚式もいらない。



何にもいらない。




「それはそういうわけにはいかんやろ?」




涙は後から後から溢れてくる。




「紀樹以外は……何も、欲しく……ない」




「俺は実結を幸せにしたいねん」




「紀樹がいれば……幸せ……だよ……?」




震える私を抱きしめる紀樹の体も



弱く震えている。




「現実問題としてお金がないと実結を守られへん」




ありきたりな一般論。




「そんなこと……」




それでも。





「俺の幸せは実結を守ることやねん」





納得するしかなかった。










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