143.Sな彼女とNな彼

恋愛も結婚も


フィーリングとタイミングが大切と


知っていたはずなのに。




私はタイミングを逃してしまった。




一年前に「結婚しよう」と言われた時に


自分の気持ちに従って「はい」と言っていれば


甘い恋人期間の代わりに


甘い新婚生活が待っていたはず。




夫婦とはつまり運命共同体になるということ。


どういう運命が襲ってきても


二人で乗り越えることが前提になる。




恋人とはつまり運命共同体になろうとすること。


困難な運命が襲ってきた時に


一人で乗り越えようとするのが前提になる。




結婚して苦しい運命に巻き込むくらいなら


結婚しなくて良かったのか。






幸せの正解なんて神様にもわからない。






ゴールデンウィークが終わると



私の誕生日がある。



もしかして



誕生日プロポーズがあるかもしれない。



なんて期待ができないことは



紀樹の横顔を見ればわかる。




仕事終わりに迎えに来た紀樹の車に乗る。



「どこ行くの?」



「実結が行きたいって言ってたレストラン」



一日二組限定とテレビで見たことがあって


行ってみたいねって話したら


半年ほど前にようやく予約が取れた。



「ありがとう。嬉しい」



上の空の紀樹の頬にキスをしても


表情は変わらない。




予約時間までの間は少しドライブをして


夜景の見える場所でプレゼントを貰った。



大きめのトートバッグと


お揃いのショルダーバッグ。



「それなら雨の日でも大丈夫やから」



「可愛い。ありがとう!」



ようやく笑顔を見せた紀樹にもたれかかると


きつく抱きしめられて激しいキスをされた。




息ができない。




背中をトントンと叩いて離しての合図を送る。




「紀樹、何かあった?」




聞いた私から目を逸らした。




「あ、時間やな。時間厳守やねん」




お店の近くのホテルに車を置いて


手を繋いで歩いている間も


薄っぺらい会話が演出されるだけ。




何かあったのは明らかなのに


何も話してくれない紀樹が気になって


目の前に並んだ高級料理の味も


特別に作ってくれたケーキの形も


覚えていない。




食事が終わると


ライトアップされた中庭を見ながら


シャンパンが開けられた。




甘いお酒が好きな私のために


用意されているカクテルを飲む。




紀樹はあっという間に


シャンパンのボトルを飲みきった。



「珍しいね。大丈夫?」



「俺別に弱いから飲まへんわけちゃうで(笑)」



「何でいつも飲まないの?」



「シラフの方が夜の記憶が残るから」



「本当に変態だよね(笑)」




十二時へのカウントダウン。




数秒間


中庭のライトが全部消えた。




ゼロ。




Happy Birthday Miyu !!




浮かび上がる光の文字。




「綺麗……」




呟く私に紀樹は優しいキスをした。



「誕生日おめでとう」



「ありがとう」



私の肩を抱く手が少し震えていた。





「実結、ごめん。結婚できへん」





お祝いの言葉と一緒に並べられた台詞に



目の前が真っ暗になった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る