142.Sな彼女とNな彼

朝陽が眩しい。



薄く目を開ける。




透き通る茶色い髪と綺麗な茶色い瞳。



キラキラと光る。




「王子様……」




目覚めのキスをくれた。




「寝ぼけてんの?(笑)」




「ううん。おはよ、紀樹」




「おはよう、実結」





出会った頃から


みんなに王子と呼ばれていた紀樹を


私は一度も王子と呼んだことがない。




私の遠い記憶の中に


「王子様」と思っている人がいて


その人以外は王子と呼びたくなかった。




でも、いつからかはわからないけど


私の王子様は紀樹一人だ。





紀樹の前でだけ、私もお姫様になれる。





その日もその次の日も


離島を巡っては


エメラルドの海と白い砂浜を堪能して


スキューバダイビングをして


美味しい物を食べて甘い夜を過ごして


疲れきって幸せに眠った。




最終日の夜。




ドレスコードのあるレストランで


夕食を食べた。


品のいいジャケットを羽織る紀樹は


いつも以上にかっこ良くて


目が合う度に胸が高鳴った。




「実結、デザートは何がいい?」



「紀樹に任せるよ」



「OK」



ウェイターに英語で何か話している横顔も


見惚れてしまう。



この一年


数え切れないほど惚れ直してきた。



甘い恋人期間をありがとう。



紀樹は彼女も奥さんも変わらんって言うけど


全く同じではいられないと思う。



でも


きっと紀樹は奥さんの私も


ずっと大切にしてくれる。




「紀樹、愛してる」




思わず言葉に出てしまった。



紀樹は水を吹きそうになってむせた。



「急にどうしたん?(笑)」



「幸せだなーって思ったら、つい」



「いつもベッドの上でしか言わへんくせに(笑)」



「そういうこと言わないで」




「ごめん」と紀樹は私の手を握った。




「愛してるよ、実結」





うん。




あれ?




サプライズが来るとしたら



このタイミングだよね。



フラッシュモブは嫌だって言ったけど



ベタなプロポーズは大歓迎なんだけど?




もしもし?




あ、もしかしてホテルに帰ってから?




二人きりの方がロマンチックだよね。




なんて。




私だけが浮かれていた。





新月の夜。




真っ暗い海の上に浮かぶ月は見えない。




何度も愛し合って泥のように眠った。





翌朝。



起きてすぐにホテルをチェックアウトして



日本に帰国した。





私の左手薬指はまだ空いたまま



空港で軽く食事をして



別々にタクシーに乗った。









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