140.Sな彼女とNな彼

カチャッとドアが開いた音がして


二人同時にかがんで身を隠した。




「実結さん?」




朔くんだ。



見られたら弁解できない。



ドクドクと心臓が鳴る。




身を潜めて様子を伺うと



朔くんはすぐに出て行った。



ホッとしてへたり込む。




「朔に見られても言い訳くらいなんぼでも出来るやん」



紀樹が私の頭をポンポンと撫でた。



私は親指で紀樹の唇を拭った。



「口紅ついてても?」



「それはあかんな(笑)」



笑いながら頬にキスをする。




危機感がない。




「のり……西川さんは打合せには参加しますか?」



「うん。お昼一緒に行くやろ?」



「見つかったら困るんですが」



「バレんかったらええんやろ?あの店で待ち合わせな」



嬉しそうに立ち上がる。





紀樹はすごく寂しがり屋だと思う。



仕事を詰め込み過ぎてわかりづらいけど


一人で海外に行くのは平気なわりに


一人で休みを過ごすことはしない。



女好きというよりも


寂しがりでスキンシップが好きだから


家族や男友達では埋められない。



今は紀樹の寂しさが私で埋まっているから


他の女の人に無関心になったのかな?と


思ってしまうくらいアッサリと


谷本さんや三鷹さんの誘いを


「ごめん」と断っていた。





気まぐれなマスターの気まぐれランチを頂いて


食後のコーヒーとミルクティーを飲む。




「打合せの後、俺もう一社行って終わりやから……」



「うん」



「車で一緒に帰れそうやな」



「わかった」




別々にお店を出るお忍びランチに


みんなの王子を独占している優越感もあって


この時の私は調子に乗っていたと思う。





午後の打合せが終わると


紀樹は大江さんと一緒に出て行った。





優秀賞を取った野々村さんは


隣のグループの北山さんの下に配属されて


私に挨拶をしに来た。




「営業所から来ました野々村莉世ののむらりせです。よろしくお願いします」



「チーフの間宮実結です。よろしくね」



軽く自己紹介を交わした後に質問された。




「実結さんは王子さんと付き合ってるんですか?」




これは北山さんの差し金だな。




「西川さんとは付き合ってないよ」




もう嘘をついて隠し通すと決めている。



「西川さんって誰ですか?」



野々村さんがキョトンとした。



「えっ? 王子って西川さんのことだよね?」



「えっ?王子って名前じゃないんですか?」



朔くんが慌てて


「王子って西川さんのあだ名だよ」


と突っ込んだ。




みんなが笑った。




朝から「王子来たー」「王子久しぶり」と


社内がザワついていた。


私以外の女性社員の殆どは「王子」と呼ぶ。


勘違いされるのも仕方ないのかも。



園子も笑っていた。


「莉世ちゃん天然~(笑)」


実結は一年以上前から彼氏いないよー、の一言は


何か余分だと思うけど。




本社の暖かい空気が好きで


結婚しても辞めたくないと思ったけど


相手がみんなの王子となれば


今の空気感は壊れてしまう。




余計な心配をしていた。







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