114.Sな彼女とNな彼

「マミヤちゃん」




「はい」




我に返ると恥ずかしさが込み上げる。



顔が上げられない。




「このまま俺と一緒に行かへん?」




「はい……、えっ?!」




驚いて彼に向けた視線が



潤んだ茶色い瞳とぶつかる。




「まだ俺のもんちゃうのに……」




彼は私の毛先を指ですくうと


深いため息をついた。




「置いてったら誰かに取られそうや」




そんなことあるわけない。




会ってる時も会ってない時も


私の心をかき乱して丸めて


鷲掴みにしてるくせに。




「ふふっ。私モテませんよ(笑)」




「俺が虫よけしてんねん」




虫よけ?




「どういう意味ですか?」




「何でもない。モテてもよそ見したらあかんで」




“ぐうう……”




私が返事する代わりにお腹の虫が鳴いた。




恥ずかしい!




「すっ、すみません」




「緊張感ないな(笑)。何か食べに行こっか」




最後の最後で恥ずかしすぎる。




「時間、大丈夫ですか?」




「今日はもうホテル着いたら寝るだけやから」





車が静かに発進した。





それ以上、何か言葉を重ねれば



寂しくなってしまう気がして



お互いに黙った。





駅前の駐車場で車が停まる。





「何食べたい?」と聞かれて


「グラタン」と答えると


「お子様やな(笑)」と笑われた。





いつもと変わらない時間。


いつもと変わらないように過ごした。


いつもと変わらない冗談。





それ以上、何か特別を重ねなければ



いつも通りが続く気がして



お互いに笑った。






家まで送り届けられ


名残惜しく重ねられた手を離す。




「いってらっしゃい」




「いってきます」




いつもと変わらない笑顔。





空を見上げると雲は消えていた。





夕焼けに向かって進む車も



すぐに見えなくなった。







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