113.Sな彼女とNな彼

「一年……。長いですね」




「そうやな」




「鳥取……。遠いですね」




「そうやな」




「一年……」




「何回言うねん(笑)」




ぬるくなったミルクティーを飲んでも


体の芯まで温まらない。




顔だけが少し熱い。




「西川さんは……」




心変わりしませんか、と聞けたらいいのに。




「うん?」




「と、鳥取にも可愛い子がいたらいいですねっ」




心にもない言葉が口をつく。




「なんや。そんな心配してたん?(笑)」




「別に」




「女優か(笑)。俺はマミヤちゃんしか可愛いと思ってへんよ」




「嘘つき」




「嘘ちゃうで?」





「ほんまは抱きしめたいけど」と前置きして


「真っ昼間の会社の駐車場やからな(笑)」


と、笑いながらぎゅっと手を握った。




「まだ冷たいな」と言って


「俺がここを離れる理由があるねん」


と、握った手をさすりながら話してくれた。




今まで仲良くしてきた女の子たちと


わだかまりなく関係を断つには


会わないのが一番いいと思ってる。


でも、仕事で関わりがある以上は


全く会わないというのは無理だった。




すごく悩んで決めた、と。





「マミヤちゃんが心置きなく俺と一緒におれるように過去を精算したいねん」




嬉しい。だけど、嬉しくない。




「私のためなんて困ります」




「それだけちゃうで。田舎の方は設備や人材が整ってないからな。そういう環境で仕事してみたいねん」




「そう……ですか」




「不満そうやな」




「別に」




行って欲しい。だけど、寂しい。




「マミヤちゃんが会いたいって言うなら真夜中でも飛んで来るから」




「言いませんよ」




「ほんなら会いたくないって言っても飛んで来るから」




「いりません(笑)」




「何言われても俺の気持ちは変わらへんからな」




寂しい。だけど、寂しくない。




「気をつけて行って来てくださいね」




「うん。行ってくる」




窓の外を見る。




「雪やみましたね」




「鳥取は積もってるやろうけどな」




「そうだ。来る途中に餞別せんべつ買って来ました」




コンビニの袋ごと渡した。




「栄養ドリンクか(笑)。色気ないな(笑)」




「何か温まるものの方が良かったですね」




「何でもええよ。ありがとう」




「えーっと、あ、じゃあ!私のマフラー持ってってください」




紺のチェック柄のマフラーを彼の首に掛けた。




ふわっとシャンプーの香りが広がる。




「めっちゃいい匂い……」




マフラーに鼻を当てる彼から


「やめっ、やっぱり返してください」


引っ張り取ろうとした。





近付いた顔がマフラーで覆われる。





隠れて素早いキスをした。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る