109.Sな彼女とNな彼

追われるようにビルを出て


駐車場に着くまで


手を離すことはなかった。




乗り込んだ車のバックミラーには


巨大あおすけが後部座席の真ん中で


何とも言えない存在感を放っている。




「それもクリスマスプレゼント」




「えっ、邪魔……(笑)」




「邪魔って何やねん。俺やと思って一緒に寝てな」




「それはちょっと(笑)」




「ちゃんと目の部分に隠しカメラ仕込んであるし」




「怖っ!」




エンジンを掛けながら


「冗談やん」と笑う彼が急に真顔になって


「あと五分ちょうだい」と言った。




「どうしたんですか?」




不穏な間。




意を決したように彼がこちらを向いた。




「月曜日には松川課長から聞くやろうけど」




「何をですか?」




「俺今の仕事から担当外れるねん」




「うそ……」




つまりはもう私の会社には来ない?




担当者と顧客という関係の私たちを


繋ぐものがなくなってしまう。




簡単に会えなくなる。




「それだけじゃなくてやな」と彼は


下を向いた私の頭に手をやりながら


追い討ちをかけた。




「地方に長期出張やねん。しばらく会いに来られへんと思う」




「ど、どこに?」




「まだ決まってへん。もしかしたら転々とするかもな」




「そう……ですか」と絞り出すのが精一杯で


他に言葉が何も出て来ない。




ショックだった。




「電話もメールもするし。何なら手紙も書くやん」




何も言えずにうつむくだけの私を


優しく抱き寄せた。




「そんな俺と離れるのが嫌なら仕事辞めてついてきてもいいんやで?」




冗談とも本気ともわからない言葉に


私はふるふると首を振った。




「泣きそうなんは俺も一緒やから」




頬に触れたキスが熱かったのか冷たかったのか


覚えていない。




動き出した車の中で交わした会話も


記憶に残っていない。






辿り着いた自分の部屋で一人。




巨大あおすけがタレ目でこちらを見ている。









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