103.Sな彼女とNな彼

傷だらけの手でマイクを握る朔くんの


歌声は甘く胸に響いて


何だか泣きそうになる。




それでも




ステージの上にいた西川さんの横顔ばかりが


頭に浮かんできて


ぎゅっと胸が切なくなる。




朔くんといると楽しい。




安心する。




とても居心地がいい。




きっと朔くんみたいな人となら


穏やかに恋ができるのに。




「一緒に歌いましょう、実結さん」




それなのに




彼に「ミユ」と囁かれた甘い声が


耳の奥にこびりついて離れない。


ときめき全部がさらわれる。




「私もう声出ないよ(笑)」




爽やかな笑顔が可愛い。




優しくて温かい。




気遣いが嬉しい。




「じゃあ、今日は解散ですね。また打ち上げは改めてメンバーで行きましょう」




そう言われてドキッとするのは



打ち上げには西川さんも来るよね



と思ってしまうからで。




自分の気持ちはわかっているのに



素直になる方法がわからない。



どうしても他の女の人がちらついて



飛び込む勇気が持てない。





鳴る電話に出る勇気もない。





皆の王子様を独占する自信がない。





寒い季節は心まで冷えきって



どんな風に温もりを求めたのかさえ



思い出せなくなる。





ハロウィンの打ち上げなんて



やってられないほど忙しくて



私は大阪を行ったり来たりして



クリスマスの準備に追われた。





一つだけ嬉しかったのは



会社の新しいキャラクターの社内コンペが



年明けに始まるという知らせで



私も企画を出すことに決まった。





そんな中で迎えるクリスマスイブは



よりによって土曜日。





ターミナル駅のイベント広場で



クリスマスイベントがあって



小さな売り場を担当する。





西川さんからは色々お誘いを受けたけど



仕事を理由に断った。



出張続きで心身ともに疲弊していたし



谷本さんと三鷹さんの目が怖くて



迂闊に近寄れない雰囲気だった。






距離を置き続けていたら



彼は私を諦めるかもしれない。



最近は仕事以外の連絡も来てない。



もう諦めたのかもしれない。






これで良かったと思う。






大きなクリスマスツリーを



眩しそうに見上げる恋人たちを



今は眺めているだけでいい。






だから






「マミヤちゃんはサンタのコスプレも似合うなあ」






嬉しそうに言って



どこからともなく現れるなんて



夢を見てるみたいだと思う。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る