99.Sな彼女とNな彼

「さ、朔くん。手の震えが止まらない」



会社を出て市民広場へと


仮装行列でゾロゾロ歩く皆の後ろを


二人でついて歩く。



「僕も緊張してきました」



「手の平に人って書いとく?」



「いいっすね」





市民広場には出店が出ていて


お祭りになっていた。




地域のイベントは既にスタートしていて


町内会長らしき人が舞台の下で


挨拶している。




舞が私と朔くんを見つけて駆け寄ってきた。



「実結、全然わかんなかったよ(笑)」



金髪でマント羽織ったピンクナース。



「北山さんがヘアメイクしてくれたんだよ」



へー、とマジマジ見た後に早口で捲し立てた。



「あのオジサンの話が終わったら、舞台下のスペースでキッズダンスがあって。それが終わったら、あおすけバンドね」



「部長と課長はどこに?」



「先に来て楽器の準備してるよ」



舞台の上の人影を指差す。



「私たちも手伝おっか」



「そうっすね」




あー、駄目だ。緊張する。




キッズたちが踊っているのを横目に


舞台裏へと回る。




「お疲れさまです」



「間宮さん?別人だねー。出張にバンドにお疲れさま。緊急事態で悪いね」



「いえ、大丈夫です。課長も似合ってますよ」



ロン毛ウィッグの軍服姿がかっこいい。



「部長は今トイレ行ってて、戻る頃にはダンス終わるだろうから、間宮さんは立ち位置確認して」




センターマイクの前に立つ。




舞台から見下ろすと意外と人が多いのが見える。




足が震える。




大丈夫。大丈夫。




「準備お願いしまーす」




朔くんたちもスタンバイに入る。




その時


ふわっと髪を撫でられた気がした。




西川さん?




振り返ってもいるわけなどない。




震えが止まる。




よし。大丈夫。




司会のお姉さんが私の方を見た。



頷いて応じる。



スポットライトが眩しい。




「次はあおすけバンドで曲はエリシマムの『fondle of Venus』と『Erysimum』の二曲です。どうぞ!」




朔くんの短いスティックカウントを合図に



演奏が始まる。



音と光が降り注ぐ。




fondle of Venus




甘く囁くように歌う。




サビはコーラスが入るから


きっと大丈夫。




伴奏とコーラスにリードされて


歌声を響かせる。




間奏。




ギターソロが入って客席がざわついた。




「あれ誰?」



「間宮さんでしょ?」



「いや……」




もう、そんな声もどうでもいいほど



光と音と振動が私を支配する。




曲と溶け合う。




手拍子で会場と一つになる。




歓声と拍手が響く中で



光が弾けて



一曲目が終わる。





演奏が止むと


肩をポンと叩かれて


別のマイクを渡された。




「上出来やん、マミヤちゃん。でも、次の曲は難しいからボーカルとコーラス交代な」




金色の髪、金色の瞳、金色で縁取られた


王様みたいな軍服を着ている。




「西川さん……!」




王子様が現れたかと思った。




「センターだけ譲って(笑)。横にいててええから」




ふわっと髪を撫でた手を掲げて



指を鳴らして朔くんに合図を送る。




ドラムカウントが鳴って演奏が始まる。




ギターも西川さんが弾いてたんだ。




歌声が突き抜ける。




圧倒的な声量に甘いブレス。




妖艶な色気に溢れるエロス。




これは



好きとか嫌いとか関係なく



悩殺される。




見惚れる以外、何もできない。




胸が焼けるように熱い。




真っ直ぐに前を向いていた金色の瞳が


私の方を見た。




口でパクパク何かを訴えている。




何?




突っ立っている私をグイッと抱き寄せて



耳元で囁く。




「一緒に歌って、ミユ」




会場がざわつく。




「あっ!」




自分がマイクを持っていることさえ忘れて



目の前の彼にただ見惚れていた。




間奏が終わる。




マイクを握り直した私に


彼がウインクで歌に入る合図をした。




秒殺。




全身が灼けるように熱い。




彼の歌声に私の声を乗せる。




混ざって溶け合う。




光と音の中で一つになる。




ざわめきも



雑音も



もう何も聞こえない。




彼の声に溶かされて



世界が、宇宙と



一体になる。




真後ろを向いた彼の背中の



真っ赤な龍が



天高く昇った。






静寂と歓声。





鳴り止まない拍手は



あおすけバンドの



伝説になった。










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