98.Sな彼女とNな彼

大阪の新店舗オープンの日。



私はあおすけの着ぐるみに入り


特訓を受けた後、サインを書いていた。



初日は目が回るように忙しく


着ぐるみを脱いだ後は


ショップのレジに入った。



閉店後の売上計算まで大きなトラブルなく


無事に終了。




金曜日の午前中まで目一杯働いて


帰りの新幹線に飛び乗った。




『今から本社に戻ります』



と、課長にメールを入れた。



返信は課長の代わりに北山さんから来た。



『出張お疲れさま。あおすけバンドと実結ちゃんのヘアメイクは私がやるから、なるべく急いで帰って来てね』




朔くんたちのヘアセットはお願いしたけど


何で私まで?


血まみれナースにでもされるのかな?




イヤホンでエリシマムを聴きながら


疲労困憊でウトウトしていた。






五時ギリギリに会社に戻ると


ハロウィンパーティーの開始の挨拶が


始まろうとしていた。




パンプキンやランタンが飾られて


小さな舞台まで用意され


壇上には金髪の朔くん。




ウィッグ?



ブルーのカラコンまで入れて



軍服って……尊い!




「実結ちゃん、おかえり。待ってた~」



セーラー服にツインテールをした北山さんが


ニコニコと出迎えてくれた。



「色々ありがとうございました。何かやることありますか?」



「今はないよ。とにかく急いで着替えて」




更衣室は私一人で


いそいそとナース服に着替える。


ガーターベルトがスカートの裾から


チラチラ見えるのが隠せない。




「開けるよ~」と北山さんが紙袋を抱えて


入ってきた。




「あはは。実結ちゃん可愛いね~。これなら十分にいけるね」



「そうですか?スカート短すぎます」



「あー、そだね。見せパンあるから履いて」



一分丈の白いフリフリのパンツを渡された。



「ガーターベルトも隠したいんですが」



「それは見えた方が衣装っぽいよ。カラコンも入れてね」



テキパキ小道具を出す北山さんにされるがまま


メイクが終わり、金髪ウィッグを被された。



「わー、すごい。外国人みたいです」



鏡の自分に言うのもどうかと思うけど


技術で見た目は激変していた。



「うん、いいね。仕上げにナースキャップとマントね。立って」




バサッと羽織ったマントの背中には


赤い登り龍。




「あ、これもエリシマム仕様ですね。かっこいい!」



ナースにマントの組み合わせはいまいち


コンセプトがわからない。



「うん。軍服に混ざっても大丈夫だね!」



「そうですね。後で朔くんと一緒に写真撮ろうっと」



「そんな暇ないよ。実結ちゃんは練習だよ」



練習?



「パーティーの挨拶とかは朔くんが今やってますよね?」



「挨拶じゃないよ。歌の練習」



「カラオケ大会でもやるんですか?」



「ううん。あおすけバンドで実結ちゃんが歌うの」




はい?




「何で私が(笑)。社長を差し置いて歌えるわけないじゃないですか」



「社長が海外出張に行っちゃってね?あとヨロシクって頼まれたんだ~」



あとヨロシクって……。



「無理ですよ!北山さん、私の歌唱力知ってますよね?!」



「エリシマムはそんなに音程外してないから大丈夫だよ(笑)」



「笑ってるじゃないですか!」



「色んな人にお願いしたんだけどね。二曲分の歌を覚えるのが無理って」



暗い屋外のステージだからカンペも見えるかわからない。



「私も覚えてないですよ……」



「大丈夫。あと一時間あるよ!」



ヒトゴト……!



「本気で言ってます?!」



「もちろん。中会議室使っていいよ。朔くんに料理持って行かせるから食べてね~」



じゃっと北山さんは去って行った。






中会議室にはスピーカーと歌詞カードが


ポツリと置かれている。




やるしかないか……。





朔くんが申し訳なさそうに


食べ物と飲み物を運んできた。




「すみません。実結さんに頼るしかなくて」



「いいよ、もう。地域のイベントライブだから真剣に聴く人は少ないよ、きっと」



「本当にすみません」



軍服姿でシュンとしている。



「やだ(笑)。金髪碧眼でションボリしないでよ(笑)」



「この格好も恥ずかしいっす」



「王子様みたいでかっこいいよ」



「実結さんも似合ってます」



ボソッと呟いた朔くんと一緒に


歌の練習を始めた。






本番まであと三十分。






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