89.Sな彼女とNな彼

電車を一本見送った後



彼はコインロッカーから荷物を出して



私と一緒に電車に乗った。




「西川さんの家も反対方面でしたよね?」



「あー、俺は会社に帰るから」



会社は私の最寄りと同じ駅。



「出張帰りに今から出社ですか?」



「そうやねん。ブラックもええとこ……」





話をしている途中で



寝息が聞こえて来た。





お疲れですよね。





私に会いにわざわざ来てくれたんですね。




このまま誰も知らない遠い所へ行けたら



嬉しいって言えるのに。






「西川さん、起きてください」



電車は減速を始めてる。



「んー。おはよう、マミヤちゃん」



目が合うと眩しそうに笑う。



「おはようございます」



彼は「うん」と照れ笑いを浮かべて


立ち上がった。



「どうかしましたか?」



「いや、起きた時にマミヤちゃんがいるのは幸せやなって思っただけ」




何言ってるんですか。




二人で目覚める時を夢見てしまう。




扉が開かなければ



夢の続きが見られるのに。





家まで送ってくれた彼が



また駅の方へ向かって歩いていく。




帰したくない。




そう思った時に



振り返って手を振るから



帰りたくなくなる。






覚悟の決まらない恋は



終着駅が見つからないまま



もうとっくに動き始めている。






私はどうすればいい?



西川さんを好きになるのは



とても怖い。




次の恋が最後だと思うから



最後にしたいと思うから



感情だけで走れない。





今度は裏切られたくない。





今の関係でいられたら



何にも傷付かずに済むから



このままでいたいと思うのは



ずるいのかな。





思われている恋は



ぬるま湯に浸かってるのと同じで



ただ温かくて心地いい。





もう少しだけ。




もう少しだけ、このままで。












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