72.Sな彼女とNな彼

体に打ち付けるお湯が痛い。




水圧の強いシャワーの音が



外部の音を遮断する。




溢れ出てくる涙の理由は



嬉し涙ではないと



自分でちゃんとわかってる。






私には現実を変える勇気がない。






この夜を逃したら



野本くんを逃してしまうかもしれない。






しょうもない男、と西川さんは言うけど



私の子供みたいな我が儘も



自分勝手な恋愛論も



優しく受け入れてくれた人。






真面目で温厚な性格は



見た目のまんまで。



初めて両親に紹介した時



「結婚を前提にお付き合いしています」



あまりにも真剣に言うから



結婚の挨拶と早とちりして



父も母も泣いてしまった。





その嬉し涙を裏切れない。





シャワーを止める。





彼への思いも今なら止められる。





大丈夫。大丈夫。大丈夫だから。





何も始まってないんだから。





大丈夫。大丈夫だよ。






バスローブに身を包んで



鏡の前に座る。





口角を上げて深呼吸を一回。





よし、大丈夫。






「実結?まだ終わらない?」





呼びに来た野本くんの方へ振り返る。





とびきりのスマイルは





私の生きるためのスキル。












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