70.Sな彼女とNな彼

『実結、寝てる?盆休みにはそっちに帰るから』






翌朝。




ずっと音信不通だった恋人からの


留守電に残されたメッセージを


繰り返し再生する。




私の方からも野本くんに連絡しなくなって


自然消滅したのかしてないのか


答えが見当たらなくて


出口のない迷路を彷徨い続けていた。





別れ話……かな。





長く付き合っていたせいか


連絡を取り合わなくても


家族が家族でいられるように


恋人も恋人でいられるような


そんな気がしていた。






八月。





お盆休みの初日の夜。





駅前の居酒屋に呼び出された。




ワイワイガヤガヤしている店内。




「実結、こっち!」




隅に座っている野本くんが


私を見つけて笑顔で手を振る。





生ビールとチューハイ、


テーブルに乗り切らない料理を前に


野本くんは忙しい毎日について


食べながら話し続けた。





別れ話……ではない?





そういうテンションは感じられない。





「実結はちょっと見ない間に綺麗になったね。仕事、充実してるんだ?」




話が一段落すると


親戚のおじさんみたいに言った。




「うん。念願の本社勤務になってね。商品企画もしてるし、来年はいよいよキャラクター開発だよ」




「夢が叶って良かったね。あ、これ誕生日プレゼント。遅くなってごめん」




唐突に差し出されて戸惑う。




それでも



覚えていてくれて



嬉しかった。




「ありがとう。開けていい?」




お手製の包装がされた箱を開ける。





デジカメ。





なぜ?





デジタルカメラ。





「最新機種が現品処分で安くなっててさ、ラッキーだよね」




「そうなんだ」




そんな自慢はちっとも嬉しくないのに。





野本くんは終始ご機嫌だった。





私も釣られるようにお酒を飲んで


楽しく過ごした。





音信不通とか、自然消滅とか、



考えすぎていたのかもしれない。






お店を出ると



野本くんは自然に手を繋いできて



当たり前にホテル街に向かって



足早に歩き始めた。











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