62.Sな彼女とNな彼

「ほら、帰るで」





強く握られた手は優しくて


このまま連れ去ってくれたらいいのにと


思ってしまう。





「西川さん、私……」





「うん?」





「何でもないです」





もっと一緒にいたい、なんて


虫がいいことを言いそうになる。






車に乗り込むと


懐かしい洋楽バラードが


静かに流れ始めた。





「さっきはロックでしたよね」




誤魔化すように当たり障りのない話をした。




「横で気持ち良さそうに寝てる人がおったから途中で子守唄に変えただけ(笑)」




墓穴を掘った。




「すみません」




助手席で寝てばかりだなんて


ダメダメだ。




気持ちが落ち込む。




「偉そうに車うるさいって言うわりに熟睡してくれて、俺は嬉しいと思ってるで(笑)」




「本当にすみません……」




もう全部が恥ずかしい。




掘った穴に入りたい。







発進して五分も経たずに


車は広めの駐車場に停められた。




「ここどこですか?」




「第一展望台」




「えっ、もう花火終わりましたよね?」




「そうやな」




「じゃあ、何で……」




「ええから。降りて」




自販機でブラックコーヒーと


ミルクティーを買って


頼りない照明の近くのベンチに


並んで座った。




「まだ何かあるんですか?」




さっきよりも拓けた展望台は


夜景が広がって見える。




「何もないよ。マミヤちゃんの顔に帰りたくないって書いてあったから寄り道してんねん」




気持ちを見透かされた動揺が走る。




「えっ、どっ、どこですか?」




目を泳がせている私を見て彼は吹き出した。




「顔やって言ってるやん(笑)」




「やだ、見ないでください」




両手で顔を覆う。





入れる穴はまだ見つからない。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る