50.Sな彼女とNな彼

代休日。


ブルートゥイルさんとの仕事は


朔くんに任せていた。




西川さんたちがする作業を


ほぼ見ているだけだから


社員なら誰でもいいと思う。




私はいつも彼らの横で


企画書を作ったり


ネットで調べものをしている。




時折


彼と目が合うと


視線をそらせなくなる。




耐えきれずに


先に俯いてしまうと


彼がふっと笑う。




保たれている距離感や空気は


柔らかくて心地良かった。




野本くんのことを考えると


沈み込んでいた気持ちは


もうそこまで重くない。





昼からは出掛けようかな。




部屋で読み終えた本を棚に戻して


ベッドの上に転がった。




枕の下に入れたままの携帯が震えている。




会社からの着信。




「はい、間宮です」




慌てて起き上がって


電話に出た。




「お休みのところすみません」




「朔くん、何かあった?!」




新人に思い切って仕事を任せたのは


まだ早かったかもしれないと


肝を冷やした。




「必要なデータが見当たらなくて。実結さん、どこに保存してますか」




「あ、私のパソコンにしか入ってないかも」




「やっぱり! パソコンお借りしていいっすか?」




「いいよ」




大したことじゃなくて良かったと


胸を撫で下ろした。




受話口の向こうで


パソコンが起動される音がする。




ちょっと代われ、と声も聞こえた。




「マミヤちゃん?」




ドキッと心臓が縮む。




「……はい」




電話から聞こえる西川さんの声。




「俺がパソコン触るからパスワード聞いといていい?」




「あ、はい。西川さんなら大丈夫です」




「メモらへんから、ゆっくりで」




「はい。エム・アイ・ワイ・ユー。0818、です」




「MIYU0818な」




キーボードが素早く押される音。




「はい」




「8月18日?」




ギクッ!




「いや、あの、ち、違います!」




彼氏の誕生日を暗証番号にする習慣は


昔から変えられない。




「マミヤちゃんの誕生日は5月やしなあ」




「余計な詮索はやめて下さい。用事はそれだけですか?」




ククッと彼の笑い声が聞こえる。




「ううん(笑)。他にはプライベートな用事があるから、仕事終わったらこの番号に電話していい?」




貧血で倒れた日の約束だとピンと来た。




「……はい」




「ほな、また夕方に」





電話を切った後も


彼の声が耳に残る。




振り払うように


急いで着替えて家を出た。




夕方には電話が掛かって来る。




きっと誘われる。




心臓が鳴り止まない。




「ただ一緒にご飯を食べに行くだけなのに」




まるで私の方がデートを待ってるみたいで


少しも腑に落ちない。




それでも


新しい服を買ってしまうのは……。




「もうすぐボーナスなんだもん」




一体誰のための言い訳なんだろう。





ショッピングバッグを抱えて


カフェのオープンテラスに座る。




今年は空梅雨で、今日も晴れ。




暑い。




忙しそうに行き交う人たちを眺めながら


パフェを食べた。




携帯が鳴る。




きっと西川さんだ。




待ってたと思われたくなくて


震える携帯をしばらく眺めていた。




留守電に切り替わる直前に


通話ボタンを押す。




「お疲れさまです」




「お疲れ。マミヤちゃんは今度の土曜日は出勤やんな?」




いきなり本題に入る彼の話し方にも


すっかり慣れていた。




「イベントなので会社には行きませんよ」




スケジュール帳を開く。




アミューズメント施設の十九浜店。




遠征になる。




「今回も着ぐるみ?」




「違います」




「ほんなら終わる時間に迎えに行くわ」




「十九浜ですよ?」




「うん。俺の家からはそんな遠くないし」




「そうですか。わかりました」




お家はどこなんですか?



遠いってどのくらい?



わざわざ土曜日に……?




沸々とわいてくる質問は


何も聞かずに電話を切った。




帰りにはドラッグストアで


新しいコスメを買っていた。




も、もうすぐボーナスだからっ。




誰も聞いてない言い訳を呟きながら。








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