49.Sな彼女とNな彼

自宅まで数分の距離を


彼に送ってもらえることになって


前に車に乗った時のことを


思い出した。




相変わらず


彼は気に留めてないようで


流れている曲に鼻歌を乗せている。




「懐かしいですね。私すっごいファンでしたよ」




「そうなんや。俺もめっちゃ好きでバンドしてた時にはコピーしてたわ」




「西川さんはボーカルっぽいですよね~」




はにかんで頷く。




「ギターも弾けるけどな」




「似合います」




歌ってる姿も、ギターを弾く姿も


きっと絵になる。




「ライブのチケット取れたら一緒に行く?」




「いいですね」




切ないコンピュータサウンドに


聴き入っていた。




社交辞令のような言葉は


有効かどうかを確かめる隙もなく


家に着いた。




「ありがとうございました。今日は本当に何とお詫びとお礼をすれば良いか……」




「そうやな。じゃ、俺とデートして」




「無理ですね」




「即答か(笑)。ご飯食べに行くくらいは付き合ってくれるやろ?」




「それくらいなら……。私が奢らせて頂きます」




彼は微かに驚いていた。




「ほんまに? 絶対やで」




「はい」




「指切り!」と出された小指に


小指を絡ませた。




「小学生じゃないんですから(笑)」




「何言うてんねん。約束破ったら針千本飲ますからな」




「痛そうですね」




指切りの歌を歌い終わっても


小指を離してくれず。




「それよりご飯ちゃんと食べてちゃんと寝るんやで」




「……はい」




体調管理が不十分だという事は


わかっていても


食べられないし、眠れない。




「って言うても無理な時は無理やもんなあ。悩んでる事があるんやったら俺に話してみたら?」




彼氏と音信不通なんです、なんて


言えるわけない。




「大丈夫です」




「全然大丈夫そうちゃうやん。今度ご飯行く時には話聞くから、今日はゆっくり休むんやで」




頭をポンと撫でた彼が車から降りて


玄関のインターホンを鳴らした。




「えっ?! ちょ、ちょっと……」




助手席から降りて止める間もなく


母が「はい」と応答した。




彼が簡単な自己紹介をして


送って来た経緯を説明すると


すぐにドアが開いた。




「しばらく寝ていたのでもう大丈夫だと思いますが、気分が優れないようなら病院へ連れて行ってください。それから……」




お医者さんみたいな事を言う彼に


母はニコニコしてお礼を言った。




「わざわざありがとうございました。連絡くれれば迎えに行ったのに」




「もう大丈夫なんだよ」と言う私に


「ほんまに無理したらあかんで」と


釘を刺して彼は帰って行った。





部屋で夕飯まで眠った。




久しぶりに何も考えずに


すーっと眠りに落ちた。




気持ち良く寝たおかげで


ご飯もお腹いっぱいに食べられた。




母が嬉しそうに


「可愛らしい人だったね」と言う。




いい大人の男性が『可愛らしい』も


どうかと思うけれど


彼が褒めてもらえることは


私も嬉しかった。




お礼のメールをしようかと


手帳に挟んだ彼の連絡先を


携帯に登録した。




何てメッセージを入れようかと


文字を打っては消すを繰り返す。




せっかく完成した文章も


送る勇気が持てなくて


結局は保存したまま眠らせた。














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