47.Sな彼女とNな彼

家族に心配を掛けたくなくて


野本くんは元気だったと


嘘をついた。




泣くに泣けなくて


淡々といつもの朝を迎える。





「実結さん、大丈夫ですか?」




「えっ?!」




大丈夫か聞かれた事にも驚いたけれど


朔くんに名前で呼ばれたことには


もっと驚いた。




「顔色が悪いですよ」




私が笹下くんを名前で読んでるのは


単に発音しづらいからなんだけど。




「そう? 昨日遅くまで本を読んでたからかな」




いちいち名字で呼んでって言うのも


嫌な先輩と思われるかしら。




「そうですか」




「全然大丈夫だよ」




「良かった」と朔くんが笑うと


切れ長の目の横に小さな笑い皺が出来て


野本くんを思い出した。




駄目。泣きそう。




「私は先に会議室の準備してくるから、朔くんは資料を人数分コピーお願い」




涙がこぼれる前にその場を離れた。





会議室でぼんやりと考え込む。




野本くんはもう……


私とは会う気がないのかもしれない。




何かあれば逆に連絡はあるはず。




何もないけど、会う気もないんだ。




深いため息をつく。




「もう入ってええかな?」




彼の声に振り返る。




「あ、西川さん。早いですね」




「俺の席に新人くんがおったから」




「元から私の隣は西川さんの席じゃないですけど」




「指定席にしてもらおうと思っとったのに」




「勘弁して下さい」




女子社員たちに陰で何を言われるか


考えただけで本当に恐ろしい。




「何かあったん?」




「……何もないです」




間があったことは


彼もわかっていたようで


表情を変えずに続ける。




「何もないって顔ちゃうし、ツッコミにキレがないやん」




「お笑い芸人じゃあるまいし……」




「ふうん」と彼が出て行って


代わりに朔くんが入ってきた。




「ブルートゥイルの西川さんは五分待ってって言ってました。大江さんはもう来ると思います」




「課長は?」




「社長に呼ばれたから、すべて実結さんに任せるって言ってました」




「もー……」




朔くんの持ってきた資料に目を通していると


大江さんがやって来た。




息せき切って帰って来た彼と一緒に


奥に着席した。




朔くんを二人に紹介して


今後の大まかなスケジュールを伝えて


詳細は課長と私とで調整するという


殆ど連絡のような打合せ。




課長がいないせいか


業務的な話が終わると


雑談になっていた。




私はボーッとしていて


話はちゃんと聞いていなくて


窓の外を見ていた。




「実結さんは今週末はイベントで着ぐるみに入るんですよね?」




突然朔くんに話を振られて


ドキッとした。




「へっ? あ、うん。もう暑いから皆やりたがらなくてね~」




「立候補したんですか?」




「まさか(笑)。暇な人からやらされるんだよ」




「日曜日に予定なしですか?」




「うん」と答えたものの


まるで恋人も友達もいない寂しい人と


思われたかもしれない。




大江さんがニコニコして


「僕も見に行こうかな」と言う。




「子供向けのイベントですけど、良かったらどうぞ」




チラシを一枚渡した。




「へー、これに間宮さんが入るんですね。抱きついてもいいんですか?(笑)」




「私じゃない人が入ってるかもしれないですよ(笑)」




「でも女の子ですよね」




「小柄な男の子の時もありますよ」




「そんなあ……」




皆が笑っていた。




外は晴れている。




梅雨が始まる気配は全くない。










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