第5話

次の日、部活の朝練があるから、基本的に早起きだけど、今日はそれよりも、っと早くスマホのアラームをセットして、目を覚ました。

「珍しいわね。チリ」とお母さんは言うに、挨拶をして、朝食を食べて、制服に着替えて、準備をすませていつもより早く家を出た。

 私にとってなんら変わりない一日の始まり、しかし今日、私の足が向く方向は間逆で、学校とは反対方向、と言っても向かった先は三軒隣の家で、サラリーマンの家主に専業もしくは昼間パートをしているその奥さん、そして小中高生の子供がいて、祖父母は離れて住んでいる。家族構成が容易に想像できてしまうくらい普通の一般的な住宅街の家。その家のチャイムを押すと、出てきたのは細身の中年女性だった。

「チリちゃんじゃない。どうしたのこんな早くに」

「あの、シオネにお線香をどうしても上げたくて」

「えっ!?」

 一瞬、目を大きくし明らかに驚く女性。そうシオネお母さんだ。彼女は驚いていたが、納得したのか表情を柔らかく、快く私をを家に上げ仏間に通す。遺影に写っているのは小学生くらいの幼い少女。無邪気に笑う幼いシオネに線香を捧げて、静かに手を合わせる。

 本来、シオネの時間は八年前で止まる筈だった。それがなんの因果なのだろう。神の悪戯か、はたまたシオネ自身の意思だったのかわからない。しかし彼女の意識だけは私と共に成長し、一緒に遊び、学び、私の側に留まり続けていた。

 それも昨晩で終わった。じっと黙り合掌を続ける。それはシオネと決別し、新たな気持ちで一歩踏み出す為の決意の表明であり、初めてシオネに行う弔いでもある。

 仏間に線香の香りが充満し始めたとき、私の合掌が解かれずっと傍らで見守っていたシオネの母が「シオネ、今何をしてる?」と尋ねてきた。

「旅立ったみたいです」

「そう………ようやく」

「ごめんなさい。私の身代わりに」

「いいのよ。誰も悪くないんだから。でも、親の私にさよならくらい言ってほしかったな」と一筋の涙を流しながら言った。

 シオネの家を後にする際、シオネの母は「またいつでも来て、あの子の話聞かせてね」と言ってくれた。

 頭上の空は青く、遠くの空には入道雲。ちょっと歩いただけで額に汗が滲むくらい気温は高いのに、脇腹あたりに隙間風が通り抜けていくかのように冷たい。

 早く家を出たが、通学時間はいつもと同じになる。しかし昨日までと大きく違うのはシオネがいない事。たった一人の通学路、そしてこれからもずっと………シオネはもう遠くへ行ったのだから。

 涙も出ないし悲しくもないのに、心臓が潰されそうなほど切ない。

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みなもの鏡界 東樹 @guyaguyaguay

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