短編集

沖村ミリ

1 歯

 朝、目が覚めると同時に口の中に甘みを感じた。粘り気のある口内を舌でぐるりと探すとその香りはますます強くなったので、うがいのために洗面所に向かった。口の中で泡立った水をびちょりと吐き出すと、いつもは透明ないしは白濁であるはずの排水が、茶色くねっとりとマーブル模様を描いていた。そこで私は鏡の前でいーっと歯をむき出しにしてみると、昨晩までは確かに整列していた、十年間の矯正によって行儀よく並んだ私の歯たちが、どろどろと溶けて輪郭を失っていた。悪魔のしゃれこうべを見ている気がした。

 口の中には甘みがあった。何の味かしら、と思い虚像の私と見つめ合う。ああそうだ、これはチョコレートの味だ。ホワイトチョコレート。変わり果てた歯の裏をぞろりと舐めた。煮え切らない、鼻にかかったような乳臭さが口元をめぐった。

 私の歯がチョコレートになっている。

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短編集 沖村ミリ @smack_smack

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