第3話 サークルの噂



「じ、じゃあ。帝女との合コンならどうだ?」


「ん〜……」



 カウンターに座る男性の提案に俺は再び腕を組み考える。


 悪くない提案ではある。寧ろ、バンドでベースが弾ける上に、あの御高く留まっている帝女との合コンも出来るのだ。俺にとってはプラスでしかない。しかし、その有り余るプラスを一気にマイナスにしてしまう程の理由がある為に、俺は答えを渋っているのだ。



「と言うか、なんで『音研』をそこまで毛嫌いするんだ?」



 カウンターに座る鮫島は珈琲を啜りながらそう述べた。



「じゃあ『音研』が周りに何て言われてるか知ってるのか?」


「『動物園』『収容所』『変人の巣窟』『奇人たちの集会』『おちゃらけサークル』……あと何があったっけ?」



 指折り数えながら鮫島は音研の俗称を述べていく。それを聞いているだけでも、音研が真面なサークルではないことは明白だろう。



「言ってて、悲しくならないのか?」


「まあ、間違ってはいないし。それこそ『俺たちは一般人とは違うぜ』って感じで逆にカッコよくない?」



 俺の質問に鮫島は首を傾げ、真顔でそう述べた。



 ああ、そうだった。此奴ももう既に音研に毒されていたんだったな……



 俺は鮫島から視線を外し、頭を抱えた。




 『三大危険団体』



 俺の通う大学で在学生に恐れられている団体が三つ存在している。



 『自治会』

 その名の通り、学生による大学内の自治を管理する団体である。表向きは様々な学生活動を支援するための自治団体であるが、その存在が公の場に出ることは少なく、一説によれば彼らの権限で学生の停学・退学や教授・職員などを辞職させることができると言われている。

 また、学外の政治的思想団体の影響下にあり、所属する会員の思想も左に傾いているという噂もある。



 『テニス同好会 アミーゴ』 通称『アミーゴ』

 テニスサークルとは名ばかりの、所謂『ヤリサー』である。このサークルによる被害の噂は絶えないのだが、警察沙汰になったと言う話は一度も聞いたことがない。噂だが、サークルの幹部の親御さんに弁護士、警察官、政治家などの権力者がおり、そう言った事案を揉み消していると言う話である。

 毎年、新入生が何十人もこのサークルの餌食になっているのは本当に居た堪れない話である。



 『音楽研究同好会』 通称『音研』

 『動物園』『収容所』と言われる大学随一のマンモスサークルである。先の団体と異なり黒い噂は全くない。しかし、どうやって集めたのか。いや、どうやって集まったのかはわからないが、大学中の奇人変人狂人と言われる類の人間がこのサークには集まっており、毎日構内の何処かで馬鹿騒ぎを繰り返している。

 更に言うと、音研は大学公認同好会の中で最も歴史が古く、部に昇格しても可笑しく無いにも関わらず未だ同好会として活動を行っている。噂によれば毎年のように不祥事を起こす音研を自治会が解体しようとした際に、音研が反発。大学中を巻き込む『紛争』にまで発展した為、自治会は音研の同好会として存続させる代わりに永久的に部へ昇格出来ないという取り決めを作ったらしい。



 この三つの団体の事を知っている学生は、積極的に関わろうとはしない。


 入学当初の俺はこの情報を全く知らなかった訳で、あの日の直感は間違っていなかったと俺は自負している。そしてあの日、音研の門を叩いた鮫島は、今ではすっかり音研に染まってしまい、何が他と擦れているかすら判らなくなっている有様である。


 それでも鮫島とこうして友人として接しているのは、先の団体と違い、音研に所属している彼ら自体に害がある訳ではなく、ただ『少し変わった』友人として接する事が出来るからである。



「それで、どうだ? 合コンで手を打ってくれないか?」



 鮫島は俺の顔色を伺うように俺の顔を覗き込んだ。



「まあ、帝女と合コンできるなら……」


「マジ!? よっしゃ〜!」



 実際こんな機会は二度とないかもしれないのだ。それに、鮫島の頼みだ。頼られて断るなんて、友人失格だろう。



「ただし、条件がある」


「「音研には入らない」だろ?」



 俺が条件を述べる、と同時に鮫島と俺の声が重なった。



「わかってるよ。けど、気に入ったら言えよな。音研はいつでもウェルカムだからな!」


「それは絶対ない」


「ちぇ。正文なら絶対気に入ると思うんだけどな〜」


「ないから」



 俺がそう述べると、鮫島は立ち上がった。



「それじゃ、俺はもう行くわ。詳しい事はまた連絡する」


「おう」



 鮫島から代金を貰い、俺はレジで精算をする。



「またな」


「おう」



 鮫島は店の階段を降りていき。商店街に面した一階の入り口の鈴がチャリンっと鳴った後、バタンと木製の扉が閉まる音が聞こえた。




 今思えば、俺は帝女との合コンの為に、今まで散々回避してきた『音研』との関わりを作ってしまったのだ。


 たかが一回の合コンの為に、俺はその後の人生を一変させる選択をしてしまったのだと、この時の俺は知る由も無かった。


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