第2話 回想



 新しく始まる学び舎に期待に胸を膨らませて、桜の花びらが舞い散る大学内を俺は一人で歩いていた。


 大学内は初々しい新入生たちが掲示板の前で講義の確認や諸連絡など確認している。かく言う俺もその内の一人であり、人で溢れかえる掲示板前で次の講義の確認をしにやって来たのだ。



「藤沢〜」



 突然肩を叩かれ振り返ると、見知った顔の青年が俺の事を呼んでいた。



「よっ」


「鮫島か」



 彼の名前は鮫島岳、俺と同じ学部に所属する一回生である。最初の講義で席が隣になったのをきっかけに仲良くなった大学に入って初の友人だ。



「藤沢はこの後、授業……じゃなかった、講義はあるのか?」



 高校の頃の名残で鮫島は『講義』を授業と言ってしまった様で少し恥ずかしそうに言い直していた。



「いいや、今日はこの後は何にもないよ」


「そうか! 俺と一緒だな」



 俺の返事に鮫島は嬉しいそうにそう述べた。鮫島も新しい環境にまだ慣れず、心細い思いをしているのだろう。かく言う俺も鮫島と同じ様な気持ちだった。


 なので、俺たちは自然とその後行動を共にするとになった。




 掲示板を後にして俺たちは帰路に着くであろう人の流れに乗って歩いていた。



「藤沢は何処に入るか決めたのか?」


「いいや、まだ特には決めてないかな」



 鮫島が言っているのは『部活』や『サークル』の事だろう。華の大学生活を彩るのは、なんと言ってもこう言った団体に所属して、大学生活を有意義に過ごす事だろう。


 勿論、俺も何かしらの団体に入ろうとは思ってはいるのだが、正直まだ決めかねていた。大学の4年間を過ごす場所、言わば自分の『居場所』を決める様なものなのだ。なので俺は、もう少し吟味してから決めたいと思っていたのだ。



「そっか〜俺はもう決めてるんだ。今から入会手続きに行こうと思ってるんだけど、一緒に来てくれる?」



 どうやら鮫島は既に入る団体を決めていた様だ。特にこれと言った用事がない俺は二つ返事で了承した。




 人の波から外れ、俺たちは各団体が勧誘活動をしている大学構内のメインストリートへと足を運んだ。そこでは様々な部活やサークルが勧誘活動を行っており、どの団体も一目で何をする団体かわかる格好で新入生を勧誘していた。



『君、体格いいね! 一緒にアメフトやらないか?』


『いや君みたいな人材にはハンドがいいよ!』


『マジックに興味ない? 今ブースで実演してるから来なよ〜』



 通りに入った瞬間、様々な部活やサークルの先輩達が次々とやって来ては勧誘の謳い文句を言ってくる。有無を言わせない怒涛の展開に俺は圧倒されつつも、鮫島の後を付いて歩いていた。


 鮫島はと言うと「もう決めてるんで」と先輩達をスルリと躱しながら、先を進んで行く。置いてかれまいと、付いて行く俺の両手にはいつの間にか大量の勧誘チラシが集まっていた。


 何処のブースも入部や入会の手続きをしたり、先輩達の話を聞く新入生で溢れかえっていた。阿鼻叫喚と言っても過言ではないこの場所で鮫島は一体何の団体に入るつもりなのだろうか?


 そんな事を考えながら、俺はキョロキョロと周りを見回していた。そんな俺の視界にふと、ある団体のブースが入って来た。


 これだけ人で溢れかえっている場所で、そのブースの周りだけは誰も居らず鎮まり返っていたのだ。いや、その表現には少し語弊があるかもしれない。正確には、受付をしているであろう、三人の先輩方以外には誰も居ないのだ。誰一人そのブースに近づこうとしないのは、受付をしている彼等が原因である事は明白であった。


 ブースで受付をする三人の内、一人は女性であったが、その見た目が強烈だった。カジュアルとは程遠いレースやフリル、リボンで飾られた黒いドレスを女性は身に付けていたのだ。所謂『ゴスロリ』である。


 そして、その隣に座る男性は服装こそはカジュアルであるが、茶髪の髪の毛を肩まで伸ばし、脚を組みながら唯ひたすら気怠そうにアコースティックギターを弾き続けていた。


 最後に、椅子に座らずブースの側いる男性? はベースを抱えたまま微動だにせず、まるでマネキンの様だった。


 明らかに異常なそのブースに俺は気を取られてしまって、鮫島の姿を見失ってしまった。慌てて鮫島を探すと、彼は件のブースへと歩みを進めていた。



「マジかよ……」



 鮫島はゴスロリの女性に勧められるまま、用意されたパイプ椅子に座り彼女の話を聞いていた。


 そして、そのブースの長机に立て掛けられた立派な看板には達筆で団体名が書かれていた。



 『音楽研究同好会』



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