平凡な俺が変人たちに囲まれて大学生活を送った結果
藤沢正文
第1話 プロローグ
ジャズが流れる静かな店内に芳しい珈琲の薫りが広がる。この店のオリジナルブレンドの珈琲は注文を受けてから一杯毎に豆を挽く拘りもあり、足繁く通う常連客も少なくはない。
昔ながらのペーパードリップ式で淹れる珈琲の挽かれた豆を蒸らす際に広がる薫りを愉しむ様にカウンターに座る男性は目を閉じ、スーッと鼻で深呼吸した。
「やっぱり挽たての珈琲は薫りが違うね〜」
「まあ、そうだな。ウチは豆にも拘ってるみたいだしな」
サーバーに溜まった珈琲をカップへ注ぎながら俺はそう答えた。そして、カップをソーサー載せ、その側にコーヒーフレッシュと角砂糖を添えてカウンターの男性へ俺はコーヒを出した。
「それで、何の用なんだ?」
俺は煙草を取り出し、ライターで火をつけた。
「特に用はないんだけどね〜ってか、客が居るのに煙草吸うってどういう神経してんだ?」
スーっと煙を吐きながら俺はカウンターに体を預ける。
「客ってお前しかいないじゃん」
「いやいや、それでもどうかと思うぞ。マスターは怒らないのか?」
男性に言われ、俺は後ろを振り返った。そこにはコーヒーカップやガラス製のグラスなどを並べている棚がある。そして、その壁の裏側は厨房になっており、マスターは今そこに居る筈だ。
「多分、ケータイゲームしてるぞ。煙草吸いながら」
「……マスターもかよ」
「個人経営の喫茶店なんてそんなもんだろ」
煙草を吹かしながらそう述べた俺に男性は溜息を吐いた。
「それで、何用なんだ。わざわざこんな時間に来るなんて、理由があるんだろ?」
時計は丁度3時を指していた。ランチタイムも終わり、夜のディナーの時間になるまでこの店には殆どお客は来ない。この時間に喫茶店に来るなんて、時間を持て余したご老人達か卸業者の営業マンくらいだ。
「まあ、実のところ。正文に頼みがあって来た……」
「丁重にお断りさせて頂きます」
俺は男性の言葉に食い気味に返事をした。
「ちょっと待て、話だけでも聞いてくれ!」
「チェックですか? ブレンドコーヒー、360円になります」
俺は伝表を取り出し、会計を述べる。
「ベースが抜けたんだ。頼む! 次のライブだけでいいから助けてくれないか!?」
男性は椅子から立ち上がり、カウンター越しに俺の腕を掴んだ。俺は掴まれた腕とは反対の手で煙草を持ち、深く煙草を吸った。
「それなら、お前らのサークルにいくらでもいるだろ?」
「それは、そうだが……」
彼が所属している軽音サークルは大学内でも随一の部員数を誇るマンモスサークルだ。それだけの人数がいれば、暇を持て余しているベースなどいくらでもいよう。
「まあ、あのギターがいらた誰もやりたがらないか」
腕を掴む男性の手を振りほどき、俺は腕を組んだ。
「そ、そうなんだよ。だからさ、頼む! この通りだ」
男性は顔の前で手のひらを合わせ拝むように懇願していた。
「ん〜……」
腕を組み唸りながら俺は考えた。
「お礼はちゃんとするからさ」
「例えば?」
男性の提案に俺は顔を上げて尋ねた。
「今度、何か奢るよ」
「無しだな」
男性の提案に俺は即答した。そもそも俺が何故、頑なにベースを弾くことを拒んでいるのかというと、別にベースを弾くのが嫌なわけではない。寧ろ、バンドで演奏をする機会があるのなら、是非にと頭を下げてお願いしたくらいなのである。
あのサークル以外でなら、の話だが。
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