みんな知ってる?!草加せんべい!

まよなかちわわ

第1話

「タロウは知ってるか、埼玉県草加市の名産、草加せんべいを」


もちろん、知ってる。僕だって草加生まれ草加育ちだもん。でも、僕のひいおじいちゃんは昔、草加せんべいを焼いてた職人で、今はちょっとボケてきたのか、誰かれ構わず草加せんべいの話や昔話をするんだ。だから、僕は知らないふりをする。


「知らないよ。教えて!」


ひいおじいちゃんは顔を輝かせる。


「じゃあ、ワシが草加せんべいの話をしよう。タロウ、もっといろり端にこい」


「はい、はい」


「はいは一度だけだぞ。誰に教わったんだ。親の顔が見たいわ」


僕はプッと吹き出しそうになるのを懸命にこらえ、いろり端へよった。


ひいおじいちゃんの草加せんべいの話はあっちこっちへふらふらして要領を得ないので僕が話すね。


昔、ひいおじいちゃんは草加せんべいを手焼きで焼くせんべい屋で働いていたんだ。炭火の上で草加せんべいをはしで一枚ずつひっくり返し、押しがわらという丸いせんべいの形のものに取っ手がついたもので一枚ずつ押すのを焼けるまで繰り返していく。ホント根気がいる作業だ。ひいおじいちゃんの働いてた頃も機械で焼いている草加せんべい屋もあったが、ひいおじいちゃんは手焼きのせんべい屋を選んで就職した。


ひいおじいちゃんの話によると、中学生の文化祭の店をクラスで相談してた時、クラス一べっぴんさんの女の子が草加せんべい屋がいいと言い出したそうだ。クラスのみんなも面白そうと賛同し、せんべい屋に草加せんべいの生地きじ(焼く前の丸いもの)を買い、焼き台と道具は借りて、炭は買うことになった。


そして、道具も揃い、文化祭当日となる。ひいおじいちゃんは、じゃんけんに負けて客引きとなった。ふたをあけてみたら、草加せんべいの香りに誘われて、人々が押すな押すなの行列となり、客引きは手持ち無沙汰に草加せんべいの焼けるところを眺めることとなる。


あぁ、俺も一度は押し瓦で押して草加せんべいを焼いてみたかったなあー。ひいおじいちゃんは、クラスみんなに一枚ずつ配られたせんべいをかじりながら強く思ったそうだ。そして、その思いを胸に抱いて手焼きの草加せんべい屋で職人となった。


「草加せんべいはいいぞ。堅くてしょうゆ味が香ばしい。歯も丈夫になるしな」


ひいおじいちゃんは、今は入れ歯なのでお茶に草加せんべいを浸して柔らかくしてからゆっくりとかむ。


僕はひいおじいちゃんの話を聞きながら、これまた草加名産の枝豆もつまにビールをグイと傾けた。お代わりと台所に呼びかける。


「タロウさん、もうビールはお身体にさわりますよ」


僕の妻のおせんは眉間にシワを寄せて言った。


「おっ、ハナコ。ワシにもビール!」


ハナコは僕のひいおばあちゃんのことだ。僕の妻のおせんと似ているらしい。ひいおじいちゃんのクラスメイトでせんべい屋を提案したのがハナコだ。それが縁かは定かでないがひいおじいちゃんと結ばれ、おじいちゃん、父さん、僕と続くこととなる。あっ、思い出した!ひいおばあちゃんへのプロポーズがワシの草加せんべいを食べてくれだったそうだ。


そうそう、不思議なことに草加せんべいには、昔、おせんというおばあちゃんが売れ残った団子を伸ばして焼いてせんべいにして売ったという説をあるそうだ。まったくもって不思議だなあ。


今でも、草加市内には草加せんべい屋もあり、手焼きの店もある。小学三年の体験学習には草加せんべい手焼き体験もあるので草加せんべい屋への就職は難関となっている。


「ひいおじいちゃん、私はハナコではありませんよ、おせん!何べんもいったでしょ」


ひいおじいちゃんは顔をゆがめ泣き出しそうになった。


「じゃあ、ワシのハナコを呼んでくれ」


ひいおじいちゃんの妻のハナコは数年前に天国に行ってしまったのだ。おせんは困った顔して台所へ引っ込んでしまう。


しばらくして、おせん、いや、ハナコになりすましたおせんが何食わぬ顔でお茶と草加せんべいを持って戻ってきた。


ひいおじいちゃんは、入れ歯の口をガハハと開けて、「ハナコはべっぴんでよく気が利くな」と笑みを浮かべる。そして、満足したのがこっくりこっくりうたたねを始めた。


「おせん、そろそろおいとましよう。毎度、ハナコ役ご苦労様」


「いえいえ」


きっとひいおじいちゃんの夢の中では、天国のハナコと一緒にこっくりこっくりうたたねをしているのだろう。









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