第2話 児童期の発達障害者 その1

小学校入学前に転居というイベントを経験した私。小学校入学の日は土砂降りの雨というこれからの前途多難を示唆するかのような春の嵐だった。


小学校に入っても私の立場はあまり変わらなかった。休み時間は一人で過ごしているのは相変わらず。友人も近所に住んでいることで知り合ったA君とB君。この二人と遊ぶことが多かった。実を言うと私の住んでいる地域は当時、その小学校に通っている小学生が少なくあまり同級生がいなかったということも微妙に関係している。人家が少ないわけではないのだが市内の別の小学校の学区にもかかっている学区の境目のような場所だった。


とはいっても今の自宅でもあるここを選んだのは学区云々は完全に気にせず駅から近いかどうかの方が重要だったようで。母親の意向もわからないわけではないしそのことをとやかく言うつもりはない。


さて、相変わらずぼっちは継続していた私ではあったが小学校低学年時代(1、2年生時)は今の私と比べるとずいぶん異なるという印象を受ける。最大の理由はイベントものだ。


私は集会イベントの委員に自分から名乗りを上げているのである。しかも二年連続で。


同じイベントではなかったがそもそも自分から名乗りを上げているということ自体かなり異例の事だった。先に言うと大人数の前に立つことを積極的にしたことはこれ以降ほぼない。


委員として特段何か失敗をした覚えがあるわけではない。なぜなら何か失敗しているのならまず間違いなく覚えているはずだからだ。今思えば不思議な時期であったと思う。


少し話がずれるが発達障害の症状の一つにフラッシュバックがある。大麻とかの常用者が陥りやすいと言われているものだが私にはこの症状がある。しかし、内容は大麻常用者のような幻覚幻聴といったものではない。今までにした致命的な失敗が何らかのきっかけで堰を切ったように流れてくるのだ。私はこの傾向が強く、アルバイトをしているときとかでもふとしたきっかけで、それこそ何の関係もない時に急に思い出すことがあるため、そのたびに記憶を封じ込めるという動作を繰り返している。どうも記憶領域が比較的強いせいで覚えていたくないことも無駄に覚えているためにこんなことになっているのだと考えられる。


第1話で話した失敗談もこうしたフラッシュバックメモリー(個人的な失敗談の呼び名)の一部だ。これはまだ生温いほうなのであまり出てくることはないのだが。


小学1年の時にもフラッシュバックメモリーに記録されている割と大きな失敗が一つある。(おそらく)初めての授業参観での事だ。


教科は確か算数であったと思う。内容からしての推測ではあるが間違いないはずだ。児童にはランドセルがたくさん書かれた紙(ランドセルかどうかは微妙だが少なくとも何かの絵がたくさん書かれていたことだけは確実)が配られ数えてみましょうという授業だった。その後、黒板に張ってある紙にあるものを代表として数えるというものだった。私はそこでも気合十分で当然自分から手を挙げて意気揚々と……かは忘れたがとにかく自分からいったことは間違いない。


紙は2枚あり、もう1枚は隣の男子児童が数えることになった。しかし、数えていくと違和感を感じた。


ランドセルの数が違う?


実は紙は2パターンあった。確か青と黄色だったと思うがこれがランダムで配られていて物によって数が違うのだ。そして私が持っていたのは私が数えていない方のものだった。


私は混乱した。配られたものと数が違うと思ったのだろう。冷静になれば色や配置が違うのだから違うものと考えることができたはずだ。が、残念ながら想定外の事態に混乱した私の頭は付いてくることができずその場で泣いた。大泣きである。当然母親も来ている中泣きわめく自分というとんでもない醜態をさらす羽目になった。


この事態になった原因はさすがに記憶が遠のいていることもありはっきりはしない。今では核心部分がフラッシュバックする程度なのだから仕方がないともいえるが。実を言えば内容も一部怪しい部分もある。考えられる原因の一つとしては先生の話を聞いていなかったのではないかということだ。二種類あることを聞いておらず自分に与えられたものに集中した結果、想定外の事態となり混乱したというものだ。今となってはもうわからないが……


こうした想定外の事態への弱さもアスペルガー症候群の特徴の一つとも言われている。面接で意味不明な質問が飛んで来れば私はその時点で合格をあきらめギブアップするしかないほどには弱い。答えても後で後悔する羽目になる。


そんな時折思い出しては私にダメージを与えてくる毒の箱の中身だが、これでもまだ序の口。まだまだこんなものでは終わらない。


当時、私の学校は2年に1度しかクラス替えがなかったために小学1年か2年、どちらかは忘れたが遠足の際にこんなことがあった。その際に友人のAと女子数人と歩いていた。すると女子のうち、気が強いCさんがこんなことを言った。


「このあたりに私の家あるんだ」と。そして私はそれに反応した。しかし、それに対してのCの反応はこうだった。「お前に言ったんじゃない」と。女子Cは友人Aに対してこれを言っていたのだった。つまり私には言っていない。女子Cにとっての私はAの友達という立ち位置であり私はその話に立ち入る資格など持っていなかったのだ。その後、私は移動中口を開いた覚えはない。


ちなみにAはクラスでも結構人気もあったと記憶している。女子ともかかわりを持つ機会も多く結構リア充だった。


よく発達障害者は空気が読めないといわれるがその典型的な部分ではなかろうか。この後もタイミング悪く言ったせいで叱られたりすることが多々ある。この件に関しても状況を確認せず口をはさんだ私がバカ野郎だったと解釈しておく。


ちなみにこの一件以降、私は女子が怖くなった。特に気の強いリーダークラスには関わりたくもなかったのはたぶんこの時のトラウマだろう。


フラッシュバックメモリーを積み上げた私だがこの二年の間にも変化はあった。まず友人Bが転校した。市内の学校ではあったがそれ以降連絡を取ることはなかった。一年もたたず二学期の頃だったと思う。さらに友人Aも二年生の終わりには隣の市へと転校していってしまった。


三年生になろうとしている私にはまた孤独が訪れようとしていた

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