灯台
大きな病院の手術室。三人の医者が二つの手術台を交互に見て、頭を悩ませている。台の上にはつい先ほど急患で運び込まれてきた二人の男が横たわっていた。
「こっちは体中が火傷しているがまだ治療すれば何とかなる。しかし、頭部の損傷が激しすぎる。もう助からないだろう。そっちはどうだ」
一人の医者が言う。
「頭部は軽く傷がある程度だが、体の方は駄目だ。とてもじゃないがこれでは治療の仕様がない」
二人の医者はまた頭を抱えてしまった。するとそれまで事態を静観していた年老いた医者が重い口を開き、あまりにも突拍子もない意見を述べた。
「しかし、倫理的に問題があるのでは」
一人が老齢な医者に反論する。
「事は一刻を争う、どちらか一方でも救える命がそこにあるのならば我々医師のやることはたった一つだけだ」
老齢な医者の一声で大勢は決する。医者たちは急いで手術の準備に取り掛かった。
およそ一日を掛けた大手術がようやく終わった。
二つの手術台のうち、一方には顔が判別出来ないほど傷ついた頭部と痛ましい体が置かれ、もう一方には傷ついた頭と全身に火傷を負った体が首の部分で縫い付けられていた。
「我々は正しいことをした、しかし今の社会では受け入れられないことだろう。このことは時期が来るまで隠しておくように」
老齢な医者の言葉に、その場にいた全員が黙って頷いた。
手術から二週間後、男が目を覚ました。体中に包帯が巻かれ、自分の意志では指一本動かすことが出来ない。男は自分が何者で、なぜここにいるのか分からず焦った。
すぐに男の元に医者が現れ、状況の説明が丁寧になされた。曰く、自分が大きな交通事故に巻き込まれたこと、逃げ出すときに体中に火傷を負ってしまったこと、その時のショックで記憶を失ってしまっていること。
男は話を飲み込むまでに長い時間を要したが、医者たちの優しさに当てられて段々と納得することが出来た。
それから一年、男は必死のリハビリもあり、ようやく一人で生活出来る状態まで持ち直した。週に一度の外出の許可も出るようになり、男は事故後初めて病院の敷地外へと足を踏みだした。
思い出という思いでを全て失っていることもあり、当てもなく歩いた。目的もなく歩を進めた先にたどり着いたのは、小さな灯台だった。
その灯台の下で一人の女が泣いていた。男は何か声を掛けるわけでもなく、ただハンカチを差し出し、彼女が泣き止むまで傍に座っていた。
「優しいんですね、ありがとうございます」
小さな灯台の下、男と彼女は初めて出会った。
それから彼らは週に一度、灯台で下で話をした。彼女は別れた彼氏のことが忘れられず灯台に通うのだと語った。男は一生懸命彼女の話に耳を傾けた。身の上について全く記憶がなく、自分から何も語ることが出来なかったこともあり、真剣に話を聞くことが誠意だと考えた。彼女もそれを察してか男について何かを聞くようなことはしなかった。
男と彼女の会う回数も十を数えた別れ際、彼女の方から男に口づけをした。あまりのことに驚いた男だったが、体は勝手に彼女を抱きしめていた。そのままずっと抱きしめていたかったが、夜も深くなり彼女は帰らなければならなかった。
名残惜しくも男と彼女は別れた。男は後姿が見えなるまでずっと彼女を見つめていた。
彼女が闇に消えてから自分も病院に帰ろうと思ったが、なぜか体が全く言うことをきかない。手術直後のように指一本まともに動かすことが出来なかった。
頭のみもがいていると意思に反して体が勝手に歩き出した。必死に止めようとするが、まるで別人に操られているようにどうにも出来なかった。
灯台の脇を抜けると、目の先は海で、歩の先は崖だった。断崖絶壁で男は彼女の名前を叫ぶ。それに合わせるように体が勢いよく空中に飛び出した。
次の日、とある喫茶店。彼女は友人と会っていた。
「でもあんたが立ち直って、本当に良かったわ」友人が語る。
「彼氏が火事で死んだって聞いた時はあんた死にそうだったもの。立ち直れたのもその灯台の彼のおかげなんでしょう。それでその彼とはどんな出会い方したのよ」
「彼との思い出の場所で出会ったのよ。きっと彼が巡り合わせてくれたんだわ」男のことを思い出し、女はそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます