999990

 銀河系を超えてまた二つ銀河を超えた宇宙に一船が漂っていた。船内には男が一人いるだけで他に誰もいない。

「それにしてもなぜ宇宙というのはこうも同じ光景ばかりなのだろうか。一つ、地球以外の星を近くで見たいものだ、これでは夜空を眺めているのと大差ない」

 男は地球を出発した時を思い出す。母なる青い星、思い出の詰まった聖なる星。しかし全ては過去の出来事だった。

 宇宙船に方向を変える動力はなく、船内の生命を維持する装置があるのみだ。地球から出発した時に宇宙船はエネルギーを全て使い切り、今はその余韻だけで進んでいる。男がどう頑張った所で地球へ帰ることは叶わない。

「私一人ではなく、もう一人女性でもいてくれればこの無味な旅も華やかになっただろうに」

 十年以上も一人でいると独り言も多くなる。それも仕方のないことだろう。嘆いても喜んでも歌っても全ては独り言となるのだから。

「私がコンピュータによってランダムに選出されたって言う話は本当だろうか。しがないサラリーマンをわざわざ選ぶものだろうか」

 何千回目かの疑問に答えるものはいない。


 宇宙船の進行方向に小さく赤い星が見えた。それは太陽のように燦々さんさんと輝く星に違いなく、代り映えしない景色へ一抹の清涼剤となった。

「あの美しい星を近くで見ることが出来るかもしれない」

 男の言葉の通り宇宙船は真っすぐ赤い星へ向かう。時間が経つにつれコメ粒ほどの大きさからビー玉ほどへと大きくなる。テニスボールほどの大きさとなった時、男はようやく事態の深刻さに気付いた。

「このままではあの赤い星に衝突してしまう」動揺し、船内を歩き回る。

 しかし男にはどうすることもできない。宇宙船内には進行方向を操作する装置もそのエネルギーもないのだから。

 焦りは怒りへと最後には発狂へと変わる。船内が燃えるように熱くなり赤い星が画面一杯になった時、男は焦ることも怒ることも狂うこともやめた。

「実験動物にでもなった気分だ」最後の独り言を男が呟いた。



「ナンバー999990の死亡を確認しました」

 白衣を着た学者風の男が画面を見上げて報告する。

「以前として最長航行記録はナンバー999982のままです」

「今回は恒星に衝突して終了か。クローンの準備をしろ。東へ一度ずらして次の宇宙船を発射する」

 男の上司はデータを記録しながら言う。

「記憶の方はどれを使用しますか」

「タイプ2の男を挿入しておけ」

 男の上司は感情なく命令した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る