第27話四面楚歌
ユーインの言葉に、ドクンと心臓が跳ねる。
頭の中も真っ白となり、何も考えられなくなった。
動揺を顔にだしてはいけないと思うけれど、唇は震え、額に汗が滲む。
もう、駄目だと思った。限界だと。
探偵を使っていると言っていた。きっと、エリザベスがエリザベスでない理由もしっかり握っているに違いなかった。
「わ、わたくしは――」
「エリザベス・マギニス、ですね。貴族でありながら、牧場を営む一家」
「!」
やはり、ユーインはエリザベスの正体についての情報を握っていたのだ。
実家の兄と手紙のやりとりを頻繁にしていたので、情報収集もたやすかっただろうと思う。
「先日の嵐で牧場が崩壊、修理などの資金を集めるために、身代わりを引き受けた。そんなところでしょうか?」
ユーインは心底呆れた、そんな口調でエリザベスの事情を推測する。
「しかし、本当に本物のエリザベス嬢に似ていますね。いただいた姿絵そっくりですよ」
「……公爵家と遠い昔に、縁があって」
「そうだったのですか」
シルヴェスターに脅されたのかと聞かれたが、エリザベスは首を横に振った。
契約は合意の上、結ばれたのだ。
「これからもずっと、身代わりを続けるつもりですか?」
「いいえ。約束は半年間でしたの」
残り、二ヶ月半ほどだった。
そうすれば、公爵令嬢エリザベスは修道院送りとなる。
「なるほど。最終的なオチはそういうことだったのですね」
振り返れば、いろいろと詰めの甘い計画だったと思う。ユーインのような男を欺くのであれば、もっと徹底的に証拠を作り、また、役作りも練り込むべきだったのだ。
シルヴェスターは身代わりがバレても構わないと言っていたので、敢えてしなかった可能性があるとエリザベスは考える。
「でもまあ、安心もしました。私の知るあなたは、男遊びをするようには見えなかったので」
「ええ。あなたの人間観察は、正確でしたわ」
「人間観察ではなく――」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
エリザベスは可能ならば身代わりは今すぐ辞めたいと、ユーインに伝えておく。
いますぐ実家に帰って、復興の手伝いをしたいとも。
「あなたを引き止めているのは、シルヴェスターですね」
「ええ。わたくし、あの御方に口で勝てませんの」
「それは確かに」
ユーインでさえも、シルヴェスターを説き伏せることは難しいと言う。
「ご実家のことは、心中察します」
「……公爵家よりたくさんのご支援いただきましたし、教えていただいた災害事業再建法も、家族に伝えましたし、きっと復興も叶うでしょう」
「ですが、あなたは牧場に帰って何をするつもりですか? その細腕で家畜の世話を?」
「いいえ。わたくしは実家を支援してくださる方に、嫁ぎたいなと、考えております」
エリザベスはもう、身代わりは続けられないと思った。
シルヴェスターがなんと言おうと、無理矢理でていこうと考えている。
そうなれば、残りの報酬金は払われない。前金で受け取った物も、返すように言われるだろう。復興までにはまだまだ支援金が足りなかった。そんな中で、エリザベスにできることと言えば、金持ちの家に嫁ぐこと。
「あなたはなぜ、そこまで――」
「前にも言いましたが、わたくしはマギニス家に育てていただきました。なので、家が困った状況になれば、可能な限りのことをしなければならないのです。わたくしの人生は、わたくしのものではない。それが、貴族というものです」
「それは、そうですが……」
あまりにも空しい人生だと、ユーインが消え入りそうな声で呟く。
「ユーイン・エインスワース、らしくないですわね。貴族に生まれるとは、そういうことですのに」
「私らしいとは、なんでしょうか?」
「誰にでも甘い顔を見せず、公正な判断ができ、はっきりとした物言いができる、いけ好かない男ですわ」
「ひどいですね」
「わたくしにしては、高評価です」
「ちなみに、シルヴェスターは?」
「誰にでも甘い顔を見せ、公正な判断などせず、遠回しな物言いしかしない、いけ好かない男ですわ」
シルヴェスターへの辛口評価を聞いて、ユーインは笑いだす。
「あなたは本当に、面白い女性(ひと)です」
「笑わせるつもりはなかったのですが」
あくまでも、真剣な評価だと言う。
「それにしても、もったいないですね」
ユーインはエリザベスのことを、普通の家に嫁がせるには惜しい人材だと評する。
本当に公爵家の令嬢だったら、良い女主人になっていただろうとも。
「このままいけば、公爵位は凍結でしょうね」
「あなたは継承なさらないの?」
「ないでしょう。私はあまり、公爵様に好かれていないので」
「よく、婚約を許されましたね」
「ええ。エリザベス嬢と結婚できる、公爵家の継承権を持った、年齢のつり合った年頃の唯一の男性として、妥協したのでしょう」
「ああ、そういうことですの」
すとんと長椅子に腰かけながら、自らを嘲り笑う。
どんなに頑張っても、公爵に認められることはないだろうと。
「今回の昇進だって、エリザベス嬢との結婚を前提に、でしたし。凄く妬まれて、大変でした」
「それはそれは、お気の毒に」
「ええ、本当ですよ。結婚相手は自由奔放。出世は伯父の七光り。いいことなんてないと思っていました。けれど――あなたは思っていたよりも、悪くなかった」
ユーインはエリザベスを見て、柔らかに微笑む。
何もかも諦めたかのような、そんな表情にも見えた。
「なんとか頑張れるかなと、考えていたんです。家のことは、エリザベス嬢に任せても心配いらないかな、とも。心配はシルヴェスターとの同居でしたが。きっと、毎日いびられるんだろうなと」
でも、エリザベスは身代わりだった――。
「もしも、本物のエリザベス嬢が帰ってきて、公爵が修道院送りを反対し、結婚するように言っても、お断りすると思います。気持ちが、ついてこないのです。私にとって、エリザベス・オブライエンは、あなただ」
「……ごめんなさい」
「すみません。今は、許すことはできません」
「ええ、そうでしょうね」
エリザベスは膝を折り、頭(こうべ)を垂れる。
騙していてごめんなさいと、心からの謝罪をした。
ユーインは黙ったまま、エリザベスを見ていた。
「どうして――あなたはエリザベス・オブライエンではないのでしょうか?」
「……」
「いろいろと、考えていたんですよ。小舅(シルヴェスター)との上手い付き合い方とか、新婚旅行の行先とか、仕事であまり家に帰れないので、犬を飼ったらどうかとか。……あなたが、どうすればもっと、微笑んでくれるのかとか」
「ごめんなさい。本当に」
「ええ、責任を取っていただきたい」
けれど、エリザベスにはどうすることもできない。
誠心誠意、謝罪をするだけだった。
そんなことを考えていると、ユーインがありえない提案をしてくる。
「駆け落ち、しますか?」
「え?」
「あなたの家に。すべての経営を見直して、収益の中から復興する費用を捻出しましょう。いくつか案があります」
「そんなこと――」
できないと思った。
ユーインは将来有望な文官だ。エリザベスの人生に巻きこむことなど、もったいない。
「あなたは将来、この国になくてはならない存在になるでしょう。周囲もきっと、七光りではなく、お仕事を認めてくれるはずです。だから――これからもめげずに、頑張っていただきたいと、思っています」
エリザベスの言葉に、ハッとした様子を見せるユーイン。
「あなたは、どうして――」
以降は言葉になっていなかった。
エリザベスはもう一度、ユーインに向かって頭を下げ、部屋をでていく。
今度はシルヴェスターと話をしなければならない。
胃がチクリと痛んだが、自らを奮い立たせて帰宅をすることになった。
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