第28話公爵令嬢エリザベス秘密
夜、公爵と顔を合わせて食事をする気になれず、体調不良を理由に部屋に引きこもることになった。
それも、嘘ではない。さきほどから胃がチクチクと痛んでいたのだ。
果物とビスケット一枚という軽い内容の食事をなんとか食べきり、風呂に入る。
今日は以前のように、寝間着姿ではいけないと思って、ドレスを纏った状態で待ち構えていた。
執事にユーインの件で話があると伝えていた。
なので、帰宅後すぐにシルヴェスターはエリザベスの部屋にくることになっている。
さきほどから胸騒ぎが治まらない。
気を鎮めるため、執務机について、溜めていた手紙の返事を書くことにした。
椅子に腰かけ、机の引きだしの中のインク壺を取りだそうとした――が、いつもの場所になかった。三段目、四段目にもない。ニ段目を引けば、ガチャリと鍵がかかっているのか、開かない。
今まで気にも留めていなかったが、この引きだしには何が入っているのかと、疑問に思う。
四段あるなかでも特に大きく、引けば中でガタリと物音がする。手応えは重く、本か何かが入っているのではと推測していた。
この引きだしについては、以前侍女に尋ねたことがあった。ここは唯一、本物のエリザベスが鍵を所有しており、開けることはできないのだ。
なぜか今になって、興味が湧いた。
普段、執務机につくことのないエリザベスが、ここに何を隠し持っているのかを。
どうにか開けることができないものかと、エリザベスは考える。
ふと、思い出す。昔、推理小説で、引きだし錠を開錠する場面を読んだことがあったことを。
鍵は面付けの引きだし錠である。
別の引きだしから取りだしたのは、細長いペーパーナイフ。
それを錠に差し込み、ガチャカチャと動かしてみた。
奮闘すること数十分、今までにない手ごたえを感じた。
ガチャリと音が鳴り、ペーパーナイフを引き抜く。
引きだしに手をかけてぐっと引いてみれば、ついに開いた。
引きだしの中にあったのは、予想通り本。四冊もあった。
堅い装丁に花柄の表紙、題名は――diary
公爵令嬢エリザベスは、鍵付きの引きだしに日記帳を隠していたのだ。
エリザベスは一番日付が新しい一冊を手に取った。
他人の日記帳を読むことは悪いことだとわかっていたが、何か足取りが書かれているのではと思ったのだ。
パラパラと白いページから捲り、最終日のページを開く。
「――きゃあ!」
エリザベスは軽い悲鳴をあげ、日記帳を床に落とす。
書かれていたのは、驚くべき内容――というべきなのか。
一ページすべてに、『お兄様、愛している』という文字が書かれていたのだ。
エリザベスは自らの肩を抱きしめ、静かに震える。
ページが真っ黒に見えるほどみっちりと書き込まれた愛の言葉は、どこか不気味だったのだ。
いったいどうしてと、疑問に思う。
お兄様というのは、シルヴェスターのことなのか。
そこまで考えて、以前、彼が血の繋がらない妹、エリザベスに対して不快感を露わにする表情を見せたことを思い出した。
もしかして、強く迫られていたのだろうかと考える。
すべては推測であった。日記の内容を確認しなければ、真実は明らかにされない。
エリザベスは床に落ちていた日記帳を拾い上げる。
息を大きく吸い込んで、吐く。呼吸を整えてから、本を開いた。
◇◇◇
○月×日
わたくしの素敵なお兄様。
今日も、朝お寝坊をしてしまったので、逢えなかったわ。とっても残念。
夜お話ししようと、お兄様の寝台に潜り込んでいたのに、別のお部屋で休まれていたみたい。きっと、疲れていたのよね。
昨日、贈った香水は、気にいってくださったかしら?
わたしとお揃いの香りなのよ。
◇◇◇
一ページ目から頭が痛くなるような内容で、エリザベスは眉間に皺を寄せる。
やはり、内容から読み取って、エリザベスの言うお兄様はシルヴェスターで間違いないようだった。加えて、妹から兄へ、想いを寄せていたことも判明する。
それから数ページ読み進めたが、異常な愛が綴られており、エリザベスは嫌悪感しか抱かない。
だが、我慢をして読み進める。
◇◇◇
△月○日
お兄様ったら、今日も遅いお帰り。わたしは夕食を食べないで待っていたのに、外で食べてきたとおっしゃるの。連絡くらいしてくれてもいいのに。
お仕事も毎日夜遅くまでしているし、休日も公爵家のお仕事をしているから、ゆっくりお話しもできないのよ。
だから一度、お兄様にきいたことがあったの。
わたしとお仕事、どちらが大切なの? って。
お兄様は、お仕事だって答えたわ。即答でびっくり。
けれど、お兄様が今がんばっていらっしゃる理由はよくわかっているの。
お兄様とわたしは将来夫婦になり、公爵となった時のために、いろいろと忙しい日々を過ごしているのよ。
だから、もうちょっとだけ我慢しなきゃ。
◇◇◇
公爵令嬢でありながら、爵位継承についても知らないのかと、頭が痛くなる。
継承権を持つのは、その家の直系男系男子のみ。連れ子であるシルヴェスターはどう足掻いても公爵にはなれないのだ。
はあと息を吐きながら、本に視線を戻す。
続きには、もっと過激なことが書き込まれていた。
◇◇◇
×月△日
おじさま達のアドバイスに従って、たくさんの人と夜を過ごしてきたけれど、お兄様ったら、まったく嫉妬をしないの。
わたしは、早くお兄様に抱いていただきたいのに。
きっと、仕事が忙しいからなのね。
今晩も寂しいので、お友達のおじさまの家に泊まりにいきます。
◇◇◇
もはや、書かれてある内容は恐怖でしかない。
日々、シルヴェスターは今までどんな気持ちで本物のエリザベスに接していたのか。
想像もできなかった。
公爵令嬢エリザベスの自由奔放なふるまいの理由が、シルヴェスターの気を引くためだったなんて。気持ち悪いという感想しかでてこなかった。
その後も、常識からかけ離れた愛情表現が続く。
中でも驚いたのは、知り合いを使って誘拐されたと嘘を吐いたことであった。
直接シルヴェスターに連絡がいったが、仕事で手が離せないということで、騎士団に救出を依頼した。
当然ながら、エリザベスの身柄は無事。
拘束された知り合い達は事情を話さずそのまま放置したようで、何も言及せず、ひたすら作戦の失敗を嘆いていた。
誘拐されたエリザベスをシルヴェスターが颯爽と助けにきて、お姫様抱っこで帰宅をするという、鳥肌が立つような状況を期待していたらしい。
書き綴られていた文末には、シルヴェスターがまったく触れようとしてくれないという不満も書かれていた。
そして――やっとのことで駆け落ちについて詳しく書かれたページに到達する。
◇◇◇
×月○日
久々に早く帰ってきたお兄様!
しかも、わたしにお話ししたいことがあるって。
ついに、結婚の日取りが決まったのかしら?
わくわくしながらお兄様の部屋に行けば、思いがけない話を言われたの。
わたしの婚約者が決まったと。
聞かされた名前は覚えていない。
お兄様と結婚できないと知って、それどころではなかったから。
そのお方とは結婚できないと言えば、お兄様は冷たい声で言ったの。
――言うことを聞かない娘は必要ない。でて行ってくれ。
今までのお言葉の中で、一番冷たかったわ。
でも、部屋に戻って考えたらわかったの。
お兄様は、わたくしと結婚したいから、あんなことを言ったのね、と。
婚約だって、公爵様の命令で決まったに違いない。
お兄様の言う通り、家をでて、しばらく経てば、公爵様も諦めて、お兄様との結婚を許してくださるに違いないわ。
そうとわかれば、さっそく準備をしなくては。
行先はどうしましょう?
そういえば、使用人の中に田舎者の貴族がいたわね?
彼の親戚がいくつも領地を持っているというから、どこかに上手く潜伏していたら、見つかることもないと思うの!
◇◇◇
すべての謎は解明した。
エリザベス・オブライエンは、同じく失踪した使用人の領地のどこかに隠れている。
それにしても、エリザベスの身代わりの娘は、とんでもない存在だった。
行動の一つ一つが常識から大きく外れていて、呆れたの一言しか言えない。
念のため、他の日記帳もざっと目を通した。
エリザベス・オブライエンの生涯は、普通の貴族令嬢とは大きく違っていた。
まず、九歳まで養父母の元で育つ。
十年目の夏に両親を亡くし、血の繋がった父親の元――公爵家へと引き取られることになった。
当初のエリザベスは他人を拒絶していた。
そのわけも書かれていた。養子として引き取られた家で、不当な扱いを受けていた。
他の姉妹よりもボロの服を着て、使用人のようなことを毎日していたのだ。
公爵家でも同じようなことをやらされるに違いない。そう思っていたのに、公爵家にいた義理の兄と名乗る男――シルヴェスターだけは、八歳年下の妹となったエリザベスに根気強く優しく接し続けたのだ。
愛情に飢えていたであろうエリザベスは、いつしか兄に恋をするようになった。
十五歳の時、シルヴェスターのお見合い話が上がったことをきっかけに、思い切って想いを告白した。だが、待っていたのは想いに応えることはできないという、冷たい言葉だったのだ。
エリザベスは諦めなかった。
兄のお見合い相手を次々と攻撃し、結婚の話を打ち消した。
さらに、社交界の恋多き貴婦人の助言を受け、さまざまなアプローチをする。
けれど、何か行動を起こせば起こすほど、シルヴェスターが冷たくなる一方で、エリザベスは危機感を覚えた。
シルヴェスターの気を引く最終手段が、男遊びだったのだ。
何人もの男性と噂になれば、焦ると思っていたが、これも空振りに終わる。
それでも、エリザベスは諦めていなかった。
一度受けた温かな愛情を、もう一度得ようと、必死にもがいていたのだ。
そして、彼女は家をでる。
いつか、シルヴェスターと結婚できる日を信じて。
「――ありえないですわ。最悪」
そう、独り言を呟いたのと同時に、扉が叩かれる。
やってきたのは、シルヴェスターだった。
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