第5話身代わりの条件

 ようやく、エリザベスが公爵令嬢のエリザベスではないと証明することができた。

 使用人より説明を受けた公爵家の者、シルヴェスターは半信半疑といった様子であったが。

 いまだ記憶喪失ではないのか、という疑いを捨てきれていない男に冷ややかな視線を送る。

 けれど、すぐに自らの過ちを認めて謝罪をしてきたが、エリザベスにとってどうでもいいこととなっていた。

 早く、叔母の元へと帰らなければ。

 先ほどから時間が気になって堪らなかった。

 せっかく「よく頑張った」と認めてもらい、流行りのドレスと外出の許可までもらったのに、シルヴェスターの勘違いのせいでとんでもない事態になってしまったのだ。


 頼み込まれて家名を名乗れば、驚くべき事態が発覚する。

 何代か前に、エリザベスの生家であるマギニス家と、公爵家は婚姻を結んだことがあるというのだ。


 思い当たるのは一人だけ。

 エリザベスの憧れの女性、曾祖叔母そうそしょくぼ マリアンナ。

 話では大貴族に嫁いだとしか伝わっていなかった。そのわけも発覚する。

 マリアンナは当時の公爵の後妻だったのだ。

 おそらく、自慢の娘の嫁ぎ先が前妻の後釜だったので、伏せておきたかったのだろうと、エリザベスは推測する。

 同じ血筋を辿る二人のエリザベスが似ている理由も、頷けるものであった。

 マリアンナの肖像画と、エリザベスはよく似ていると言われていた。彼女にとって、それは自慢でもあった。

 けれど、それが今回仇となる。


 話はすべて終わった。そう思い、エリザベスは立ち上がる。

 公爵家に滞在していた証明書でも書いてもらおうかと、そんな考えがチラリと過ったが、人さらい男――シルヴェスターにそれを頼みこむのも癪だった。

 なので、そのまま帰宅しようと、扉に向かって歩く。

 シルヴェスターの横を一瞥もせずに通り過ぎようとした――が、腕を掴まれ、引き止められてしまった。


 なんの用事だと睨みを利かせつつ問いかければ、想定外の言葉を口にする。


 ――駆け落ちをして出て行った妹の身代わりを、して欲しい、と。


 シルヴェスターはエリザベスの実家の情勢をよく知っていた。

 牧場の復興を手出すけする代わりに、妹の身代わりをしてほしいと頼み込んできたのだ。


 エリザベスの実家、マギニス家にとって、公爵家からの支援は得難いものである。

 金持ちと結婚して、支援を望もうと考えていた計画が、一気に進むことにもなる。


 問題はどれだけの規模で手を貸してくれるのか、というもの。

 僅かな支援であれば、意味がない。

 結婚相手を探した方が時間の無駄にはならないと、エリザベスは考える。


 ここでも、予想を超えた額が提示された。

 前金として示された金額は、短期間での支援としては十分過ぎるほどの金額だったのだ。

 どうしてこのような大金を出すのかと聞けば、マギニス家の牧場で作るバターが好きだからと、のんびりとした口調で語るシルヴェスター。

 理由はそれだけではないだろうと、エリザベスは思う。


 大貴族の娘が駆け落ちしたと知られたら、家名は傷つくだろう。

 それを防ぐための隠蔽代と思えば、提示された金額は大金でもなんでもない。

 広がった悪評は、どんなにお金をつぎ込んでも消えることはないのだ。


 それを語らないシルヴェスターを、とんだ策士だとエリザベスは思う。

 果たして、この計画に乗ってもいいのかとも。


「身代わりと簡単におっしゃいますが、知り合いなどにはなんと説明するおつもりで?」

「婚約者のユーインはエリザベスと直接会ったことはないから、問題ないだろう。婚約も、時期がくれば解消しようと思っている。駆け落ちした妹と結婚させるのは、申し訳ないからね」


 一応、シルヴェスターの中に良心という感情があることを確認する。

 けれど、警戒は解かないでおいた。


「とにかく、今晩の婚約パーティを乗り切ることが第一として、その後、エリザベスの捜索を行っている間、身代わりをしてもらおうかなと」


 エリザベスが社交界で付き合いのあった人達とは、縁を切るとはっきり述べた。

 どの人物も、公爵家の娘が付き合うに相応しくない、振る舞いに問題のある人物ばかりだからと、説明をする。


「連れ戻した妹は、修道院に連れて行くつもりだ。なので、好きなように振る舞ってほしい」

「わたくしの家族には、なんと説明すれば?」

「ああ、それは、というか、そもそも、君は何故ここに?」


 マギニス家の領地は王都の東、辺境とも言える場所にある。その家の娘がなぜ、王都にいるのかと、シルヴェスターは疑問に思ったのだ。

 エリザベスは自らの事情を語る。

 父親の妹――叔母の嫁ぎ先で行儀見習いをしていたことを。


「なるほど、ブライトン伯爵夫人の……」


 叔母が心配をするので、一旦家に帰して欲しいと願う。

 だが、シルヴェスターは首を縦に振らなかった。


「事情はこちらが説明をしておこう。君は、婚約パーティの支度に専念してくれ」

「それは――別に構わないのですが」


 むしろ好都合だと思う。これ以上、叔母のお小言を聞きたくなかったのだ。

 シルヴェスターはエリザベスの実家にも、手紙を送ってくれると言う。


「君も何か伝えたいことなどあれば、侍女に手紙を渡してくれ。明日の夕方には送ろうと思っている。小切手と共にね」


 最後に、シルヴェスターは聞いてくる。


「妹の身代わりを、引き受けてくれるね?」

「待って。公爵令嬢のエリザベスが見つからなかった場合は?」

「半年、探して見つけだすことができなかったら、諦めるよ」


 その時は、エリザベスは病気になったので、地方で静養していることにすると話す。


「所詮、素人の考える逃亡劇。公爵家の調査を掻い潜れるものでもないだろう」


 婚約パーティも、エリザベスの知り合いは一人も招待していないので、心配は要らないと話す。

 明日以降は、好きに過ごせばいいと告げられた。


「好きにとは?」

「異性との不純交遊以外ならば、なんでも構わないよ。我が家が破産しない程度の買い物だったらいくらでも。図書館や社交場など、公的な場所だったら、外出もしていいし」

「図書館……!」


 その言葉に、頑なだった気持ちが一気に揺らぐ。

 取引内容は悪いものではない。

 それどころか、素晴らしい生活が提供されるのだ。

 エリザベスはすぐに返事をする。


「半年、くらいでしたら――」

「ありがとう、エリザベス嬢!」


 胸に手を当て、騎士のようにこうべ を垂れるシルヴェスター。

 その様子を見ながら、このように育ちの良い優雅な男は自分の周りにはいなかったなと、ぼんやり考えていた。


 ◇◇◇


 それから、大急ぎで身支度を開始する。

 二人のエリザベスとは身長は同じであったが、スタイルは違っていた。


 公爵令嬢エリザベスは胸が大きく、腰回りも太め。

 一方で、身代わりのエリザベスは、胸は控えめで、腰回りは細かった。

 お針子が集結し、寸法が合わない部分を糸で縫っていく。

 胸には、詰め物を用意していた。

 それは、エリザベスにとって、屈辱の他なかった。


 幸い、本日のドレスは胸元の露出はなかったが、問題は別にあった。


「エリザベスお嬢様は、よく胸の露出のあるドレスを好んでお召しになっておりました。なので、その、胸のボリュームアップは、必要かと」

「……」


 エリザベスは不機嫌顔で、胸部の詰め物を受け入れる。

 作業が終われば呪いのような言葉を、侍女を前にした状態で呟いた。


「覚えて、いなさい……」


 それはここにいる者達へ向けたものではなかったが、周囲を震え上がらせるには十分すぎるほどの迫力があった。


 婚約パーティ用にと用意されたのは、ローブ・モンタントと呼ばれるドレス。立ち襟で長袖、丈は足元を覆っている意匠デザイン だ。

 昼用礼装として選ばれることの多いドレスであるが、奔放なエリザベスに、貞淑なイメージを植え付けるために今回選ばれたのだと侍女は話す。

 純白のドレスはリボンやレースなど一切使われておらず、シンプルな美しさのある意匠であった。

 布地は絹で、花の浮き模様が織りだされている。

 その高級な手触りに、エリザベスはほうと溜息を吐いた。

 今まで身に纏ったことのないような、贅が尽くされたドレスである。


 このような生活、この先二度と味わえない。

 そう思い、エリザベスは公爵令嬢の待遇を堪能することに決めた。

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