日本海を一望できる景色の下で
山本正純
日本海を一望できる景色の下で
短い黒髪で左頬に黒子のある中学生、
貸し切りバスに揺られて辿り着いた中学校生活最後の遠足の行き先は、島根県出雲市にある
出雲市内の中学校の遠足の行き先として適切なのかと言われてしまえば、多くの同級生達は首を傾げてしまうだろう。
遠足の服装に関して、沢村士は不満がある。彼が着ている服は、学生服ではなく体操服。こうなってしまったことには理由がある。
日御碕灯台に昇ることが遠足の目的の一つ。だが、日御碕灯台の螺旋階段は女子生徒のスカート姿だと歩きにくい。それだけではなく、階段が急であるため、足を踏み外すと危ない。
そのため、女子生徒は動きやすい体操服姿で昇るよう教師は勧めたのだが、ここでもう一つの問題が起きる。
女子生徒だけを体操服姿にすることは、性差別だという声が出始めたのだ。その結果、無関係な男子生徒も体操服姿を強いられ、全員が体操服を着て参加する、奇妙な遠足が始まった。
そこまでするなら、幸せを呼ぶシロイルカがいる浜田市の水族館に行けばよかったのではないかと多くの生徒達は考えるが、その要望は教師達に届かなかった。
同じ体操服を着た同級生達が、次々と灯台に昇っている様子を、沢村士が見つめていると、誰かが彼の右肩を叩いた。
「もしかして高所恐怖症?」
声がした方を振り向くと、黒髪を肩の長さまで伸ばした、大きな瞳の低慎重な少女が微笑んでいた。この少女、
中野美保の彼氏になりたいと考えている。
そんなことを考えながら、沢村士は彼女の問いかけに答えた。
「高所恐怖症じゃないんだけど、ここには何度も来たことがあるから、飽きたんだ」
「なるほど。私は始めて来たから」
中野美保は日御碕灯台を珍しそうに見つめて、入り口に向かい歩き始めた。そして、彼女を沢村士は追いかけた。
日御碕灯台は土足厳禁。そのため、入り口の中にある下駄箱に靴を入れなければならない。2人は靴を脱ぎ、下駄箱に入れる。それから貸し切りバスの中で渡されたチケットを受付に見せて、灯台の中へ入った。
灯台の中には、エレベーターがない。だから螺旋階段を昇らなければならない。それも人が一人通れるくらい狭い階段で、勾配が急だ。
中野美保は、早速階段を昇ろうと思い、一歩を踏み出す。その瞬間、沢村士は思った。ここは何度も来たことがある自分が先導するべきではないかと。女性にとって頼りになる異性が好きになりやすいという雑誌の内容を思い出した彼は、階段を昇ろうとする彼女を呼び止めた。
「ちょっと待て。ここは俺が先に行く」
「どうして?」
首を傾げ尋ねてくる美保に対して、士は螺旋階段を指差した。
「ここは慣れている俺が先に行くべきだ」
これで惚れたに違いないと思い彼女の顔を見ると、美保は目を丸くしていた。
「そう」
薄いリアクションが気になったが、沢村士は狭い螺旋階段を昇り始めた。それに続き、中野美保も足を進める。
5分後、長く狭い螺旋階段を昇りきった2人は最上階に辿り着く。目の前には日本海が広がり、強い風が美保の髪を揺らす。断崖絶壁に他の同級生が座り込んでいる様子まで見える。
久しぶりに昇って、中学校生活最後の遠足が日御碕灯台でも悪くないと彼は思った。丁度その時、彼の隣にいる中野美保が思いがけない言葉を呟く。
「沢村君。今まで隠していたんだけど……」
沢村士は驚いた。この流れは告白をする奴ではないかと思い、彼の顔が赤く染まる。
「何だよ?」
「好きなの」
心臓の鼓動が早くなり、彼は確信した。中野美保は自分のことが好きなのだろうと。彼女の顔も赤くなっているのが証拠で、残りは彼女が自分の名前を呼ぶだけ。
だが、彼女は彼の名前を呼ばない。その代りの告白は、沢村士の確信を崩壊させた。
「サスペンスドラマが好きなの。灯台から断崖絶壁が見えるでしょう。アレを見ているだけでワクワクするんだよね。刑事が断崖絶壁で犯人を追い詰めるシーンが浮かんで。灯台から降りたら、あそこでサスペンスドラマごっこでもしたいな。沢村君が犯人役で、私が刑事役ね」
中野美保は目を輝かせて、断崖絶壁を見つめ、嬉しそうに笑った。
突然の告白は、沢村士の予想に反した。こんな所で告白をするわけがないと思いながらも、期待してしまったことを、彼は恥ずかしく思う。
予想外な告白を慰めるように、青空の下を飛ぶウミネコが鳴いた。
日本海を一望できる景色の下で 山本正純 @nazuna39
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