第4話 三年おきの赤いやつ

そんなわけで、昨日の夜は大変だったんだよ、と話を締めくくったおりつは、二人の表情が曇っている事に気が付いた。


「ん?どうしたんだ?」


「弟さんはその後どうしていますか?」


「んー、結局寝る時一人じゃ嫌だと言って親父と同じ部屋に寝てたし、朝もいつも通り食べてたぜ?」


「そうですか・・・。」


寧々は美濃部と目を合わせると頷き、おりつへ向き直る。

美濃部は暫くの間思案気に二人を見つめると、思い立ったように店の奥へと姿を消した。


「おりつさん、ご存じないようなので申し上げますが、弟さんが見たという赤い服の女。恐らくそれは、最近咲耶市で流れている噂の主の事だと思われます。」


「噂?それなら、おそのが真っ先に話して来そうなもんだけど、一回も聞いた事ないな。」


さぞかし寧々は興味を惹かれるだろうと期待していたおりつだったが、彼女が既に知っていたと分かると急に興が冷め、不機嫌そうに尻尾をぶらぶらと揺らし始めた。


「たまたまおそのさんの耳に入って来なかったのかもしれません。前回は知っていても、今回は知らないという事も多々ありますしね。それでですね、その噂、あくまで噂なんですが・・・その女を見た者は、一週間以内に死ぬと言われているんです」


「死ぬ?そんなバカな話があるかよ。なんで頭のおかしい野郎を見ただけで死ななきゃいけないんだ?

もし死んだやつがいたとしても、たまたま交通事故に遭っただけかもしれないし、たまたま病気になっただけかもしれないだろ」


弟が一週間以内に死ぬと宣告された気がしたおりつは、完全に頭に血が上っている。

見開かれた目と対称に瞳孔はキュッと細くなり、今にも寧々の胸ぐらを掴まんとする勢いだ。

だが、寧々は一歩も引かず目を逸らす事もしなかった。


「死ぬと言っても、おりつさんの言ったような死に方ではなく、自ら喉を切るか、突然血を吐いて死ぬと言われています」


「つまり寧々さんは、源太がそんな死に方をするかもしれないって言いたいのかよ?」


今やおりつの顔は寧々の眼前に迫っていたが、寧々は至って涼しげな様子で、


「いえ、そんな事はないと思います。噂話が流れ始めたのがおおよそ二週間前。

今日まで何人かが見ているはずなのに、そんな奇妙な死に方をした人がいたとは聞いたことがありませんからね。では何故首を切ったり、血を吐くと言われるのか?

恐らくそれは、首から下が血で染まり、見た者も女と同じように赤い服を着ているようになるという事ではないでしょうか。」


それを聞いたおりつは思わず吹き出し、浮かしていた腰をどっかりと椅子へ下す。


「はは、そこまで都合がいいってのは完全に作り話だよな。もしさ、見たやつがずっと黒い服を着てたらどうすんだ?血を吐いた所で赤くならないし、わざわざその女が白いシャツにでも着替えさせてくれるのか?笑っちまうよな」


「もしかするとその場合は・・・脱がして裸にするのかもしれませんね。」


「両手をバンザイさせて?」


怖いとされる女のその姿を想像した二人は、暫くの間笑いが止まらない。


「よし、じゃあ明日からその赤い野郎を探そうぜ。捕まえて一発ひっぱたいてやる」


「ふふ、すっかりやる気ですね。そしたらまずは──」


寧々が何か言いかけた時、店の奥から戻って来た美濃部が二人の前に一冊のノートを広げて見せた。


「大捜索を始める前に、これを見て欲しいんだ。」


そこには新聞の切り抜きや郷土史のコピーが、一言二言のメモ書きと共に貼られていた。

中には誰かから聞いたであろう話が、力強くも流れるような字で書きとられている部分もある。

ざっと目を通した寧々が顔を上げ、


「どの記事も赤い服の女の事が書かれているようですが、これは?」


「僕の母は変わった趣味をしていてね、奇妙な噂話や、実際に起きた不思議な現象を聞いては、こうやってノートにまとめていたんだ。もともとこのバーも母の物でね、商売柄様々な人がやってくるだろう?その手の話には事欠かなかったんじゃないかな。」


「そうだったんですか。今は、お母さんは・・・?」


「あ、別に亡くなったわけじゃないんだ。ある日突然僕に店を任すと言って、実家に帰ってしまってね。今では毎日畑を耕したり、自然相手にやりたい事をやっているようだよ」


「うちのお袋もたいがいだけど、美濃部さんのお袋さんもなかなか大胆なんだな」


「まぁいきなり任された僕としてはいい迷惑だったけどね。それはそうと、注目して欲しいのは記事が書かれた日付なんだ」


美濃部にそう言われ、二人は再びノートへ目を向ける。


「えーと、これは86年、次の記事は89年、その次が95年・・・、最近のだと2007年、2010年のものがありますね」


「何か気が付かないかい?」


じっと記事を見ていたおりつは美濃部の言う何かに気が付いたのか、耳をぴんと立て顔を上げる。


「わかったわかった、三年おきに同じような噂が流れてるって事じゃないか?2010年から三年後は丁度今だしな」


「ご名答。その通りだよ。途中抜けてるのは記事にならなかっただけで、噂そのものは流れていたんだと思う」


「それにしても何故三年置きなんでしょう?規則性があるという事は、誰かが故意に噂を流しているとも考えられますよね」


「その可能性はあるね。それと噂話のモチーフとなった話も母は聞いていたらしい」


そう言うと美濃部はページをめくってみせた。


「数十年前、この地方のある名家同士の輿入れ、今でいう結婚式だね、その時に起きた事件のようだ。

式は滞りなく進み、宴もたけなわ、最後の締めの挨拶っていう所で日本刀を持った男が乱入してね、滅多やたらとそれを振り回したらしい。辺りは血の海で、花婿は即死、周りにいた親類も何人か犠牲になったんだ。結局、男はその場で自分の首を切って自殺。

ショックを受けた花嫁は、血に染まった白無垢を身に纏ったまま山奥へと消え、それ以後その姿を見た者はいない・・・。という事みたいだね」


おりつは唾をごくりと飲み込み、寧々は話が終わった今でもじっとノートを見つめている。


「・・・てことは、今でもその花嫁が化けて出て、その辺をウロウロしているって事か?」


「どうだろう、あくまでもこの事件の要所要所をモチーフにしたというだけで、花嫁=赤い服の女にはならないと僕は思うんだ」


「たしかにそうかもしれません。もしその花嫁さんだったら、着ている物は着物でしょうし、そうなれば、赤い服じゃなく赤い着物になりますよね」


「うーん、それじゃあ結局、弟の見た赤い服の女ってのはなんなんだ?」


「今の段階では何とも言えませんが、先ほどの話の男が実際に首を切っている事や、三年置きに噂が流れている事、それらを鑑みると、念のため、出来るだけ弟さんを一人にしないほうがいいかもしれません。」


「親父やお袋にそれとなく言っておいてみるか。まぁうちは家族が多いから、一人になりたくてもなかなかなれないけどな」


そう言いながら、おりつは大きな欠伸をひとつすると、カウンターの脇にある時計に目をやった。

時刻は七時過ぎ、外の通りからは馴染みの客を呼ぶ声や、陽気な歌声が聞こえてくる。


「げ、もうこんな時間かよ」


「あら、そうですね。そろそろお暇しないと。美濃部さんもお店の準備をしないといけないでしょうし」


「僕の方はいくらでも大丈夫だけど、高校生の君たちはそうもいかないだろう?どちらかと言えばここは、いかがわしい場所だからね」


笑いながら言った美濃部が手元のノートを静かに閉じると、カランと音を立てた扉が勢いよく開かれた。


「みのべちゃーーんいるーーー?」


数人の女性客らしく、入口がわいわいと騒がしい。


「どうやら虎がきちゃったみたいだね。絡まれると面倒だからね、裏口を案内するよ」


美濃部は二人にこっそりと囁いた。

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