第5話
ジャリ。
歩道の石を踏む微かな音が響き、ゆらり、と人影が姿を現した。闇夜に浮かび上がる白く美しい顔は、紛れもなく待ちわびていたものだ。
外壁にもたれながら、ジャノメはその挙動ひとつひとつに目を凝らす。
ほんの僅か、足取りに不規則なリズムを感じるのはおそらく葡萄酒による酔いがもたらしているのだろう。これで酒が効いていない可能性は消えた。
やがて、対面の男はジャノメに気付いたようだった。値踏みするような視線が注がれる。
それを受け、ジャノメはふわり、と笑みを返した。
毒気を抜き、蠱惑的に口角を上げる……あたかも裏路地で客引きをしている男娼を装って。
どうやら吸血鬼に対しても、人間と同様の色仕掛けは通じるらしいということを学んでからはだいぶ仕事がしやすくなった。要は自分が相手をしてやるのだ、と思わせればいい。
口元を歪めて男が近付く……しかし、その足が不意に止まった。
「その、三つ編みとロザリオは……」
一瞬で青ざめたその顔に、ジャノメは短く舌打ちをした。
どうやら予想より自分の悪名は広く知れているらしい。
思うが早いか、壁を蹴って距離を詰める。
「お前、まさかっ……」
警戒心と恐怖が入り交じった声は途中でかき消えた。
叫びを上げようとした男の喉元は、銀の一閃で真一文字に切り裂かれ、傷口からは生温い鮮血が吹き出す。
立ち止まることなく背後に回り込んだジャノメは、更に背中から心臓を目がけて刺し貫くと、ほぼ同時にもう片方の手に握った銃で素早く頭部を撃ち抜いた。
タン、と乾いた銃声が一発響き、再び静寂が周囲を支配する。
それは、瞬きにも等しい刹那の出来事だった。
ジャノメが剣を引き抜くと、亡骸と化した吸血鬼の体は力なく地面に崩れ落ちた。
「……素晴らしい。この早さで全ての急所を仕留めてしまうなんて……」
顛末を見守っていたハンターは息を飲み、目の前に立つ男の恐ろしさを痛感していた。
剣を汚した赤黒い血液を振り落とすジャノメ自身は、ただの一滴も返り血を浴びてはいない。
吸血鬼の首筋から流れ出したおびただしい量の血が路地を染めていく。
「……悪ぃ、喉を斬った。後始末が面倒なことになるな」
剣を鞘に戻しながら、ジャノメはハンターに視線を向けた。
たった今、人を殺めたとは思えないほどその瞳には何の感情も映ってはいない。
「いえ……始末はこちらでやっておきます。ありがとうございました」
深々と頭を下げたハンターから報酬を受け取り、ジャノメは踵を返してその凄惨な情景が広がる裏路地を後にした。
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