第7話 マモルモノ
ハジメマシテ
外の世界の人なのデスか?
わぁ、ワタクシ初めて見ました!
立派な制服デスね、カッコイイ。
え?ロボットがお世辞を言うなんて、変デスか?
あ、申し遅れマシタ。
ワタクシ、ホームヘルパー兼農耕策機器、セストと申しマス。
そんな名前のロボット、聞いたコトがないデスって?
当然デス。セストとは、ワタクシのご主人サマがつけて下さった名前なのデスから。エヘへ。
道案内でしたら、ワタクシよりもあちらの観光ナビに聞いたほうが早いデスよ。ワタクシのGPS機能は、昔から壊れていマスので。
えっと…ワタクシに興味を持って下さったのは大変ウレシイデスが……。
アノ、そんなにワタクシ珍しいデスか?
――仕方がありマセンね。
ワタクシ、こちらの類のコトは専門としていないので、何かと不足するトコロございますが、ヨロシイのでしょうか?
ココは、今から丁度5年前に国を挙げて作られた人工自然共存世界デス。コノ国にある気候、アノ空や雲、太陽全てが人の手によって作られてマス。ドーム状の空間内において、夏の茹るヨウナ暑さや冬の凍えるヨウナ寒さまで忠実に再現しておりマス。
最も、人工的なモノであれば年中適度な気温にしろと言う住民もおりマスがね。しかしココはあくまでも自然共存空間。四季が無くては花は咲きマセンし、作物は実らないのデス。
ワタクシのところの畑も凄いのデスよ。無農薬の、ご主人サマ自慢の畑デス。
真っ赤なイチゴや艶のあるカボチャ、夏なんて、こーんなに大きなスイカが出来るんデス。
今はナスをハウス栽培していマスよ。人工的に作られた環境でハウス栽培なんて、何だかオカシイと思いマセンか?
おっと、失礼。私事に走ってしまいマシタ。やっぱりアチラに頼んだ方が、もっと公式的な情報が手に入りマスよう…。
……ご主人サマのことデスか?
なるほど、ソレならむしろワタクシの方が話せマスね!
ご主人サマの名前は、ジルド・フリジメニカ。先程も言いマシタ通り農家を営んでおりマス。
家族はご主人サマ1人だけなのデス。だからこそ、手の回らないトコロを補うためにワタクシがいるのデスが。
ご主人サマは世間で言う「モテる」部類に入ると、ワタクシ思うのデス。
ルックスも良し、スタイルも良し、勿論力仕事はお手のものデスし、寡黙な方ではありマスが、それがまたイイと言いマスか…。
ワタクシ、ホームヘルパーといたしましてもやはりご主人サマには幸せになってもらいたいのデス。
早く素敵な人でも見つけてキテくれれば、少しは生活も楽になるのデスがね。何せご主人サマは、どんなに素晴らしい野菜ができても売り子が下手なのデスから。
いつも帽子を目深に被って、コミュニケーションをとるコトを極力避けるのデス。折角イイ野菜なのデスから、もっと声を張り上げて盛大に売ればイイのに…。
こないだ、何ならワタクシが行きまショウカと言ってみたら怒られてしまいマシタ。
お前みたいなロボットに、こんな重たい荷物は持てるはずがないって。
ご主人サマはワタクシに対してでも優しいのデス。オカシイデスよね。ワタクシはロボットデスよ?
…ワタクシも、オカシイのデスか?
そんなご主人サマのお傍にもう5年64日と3時間27分34秒もいるからデショウか?
でも、イイのデス。オカシクてもイイのデス。
ホームヘルパーが情を持ってして家族の代役を務めるのは、ワタクシの中では当然のことなのデス。
と言っても、実際は料理を作ったり畑を耕したりするばっかりで、ご主人サマを慰めたり叱ったりするコトは出来ないのデス。
ご主人サマは夜、ドアを叩く者にだってとても警戒しマス。大抵友人がいらっしゃるダケだと分かっていても。残念ながらワタクシは、カウンセラーには向いていないのデス。
ご主人サマは他人と無闇矢鱈と関わることを嫌いマスが、本当に信頼できる友人が数人いらっしゃいマス。
それでいつも夜遅くマデ連絡を取り合っているようなのデスが、モニターを真剣な顔つきで見つめるご主人サマを、ワタクシはどうしても叱るコトが出来ないのデス。
むしろ、ワタクシの方が叱られてばかりデス。
本当は、こうやって寄り道したり知らない人とお話したりスルと怒られるのデス。
人間とお話するコトは楽しいデス。何故、ご主人サマがそんなに他人からワタクシを遠ざけようとするのか分からないのデス。
でも、ワタクシがご主人サマにそう強く主張するコトは出来ないマセン。
ご主人サマは、哀しそうな顔をするのデス。
いつしかワタクシが初めて起動し、ご主人サマを目の前にした時と同じ表情をするのデス。
そうすると、ワタクシもカナシイ。
デスから、こうやってコッソリお話するのデスよ。
それじゃ、意味ないデスか?アハハ。
あ、イケナイ。もうこんな時間。
コレ以上道草をしていたら、怪しまれてしまいマス。
ご主人サマに頼まれているオツカイがあるので、ワタクシはコレで失礼しマスね。
デハ、またの機会に。
楽しいヒトトキを!
国の最東端、ラスカ村。
その一角に、ジルドの農園が広がっている。
広大な土地、適した気候。そんな長閑な村だからこそ、たった五年で実現した農園だ。
まだまだ収入は安定しないが、野菜の質自体は上々だ。
「おーい、ジルド」
ふと誰かに呼ばれ、ジルドはナスとにらめっこをしていた顔を上げた。
「どうだ?ハウス栽培は。見る限りなかなかのもんじゃないか」
「やあ、フィリッポ。まずまずだよ。実が小さくて見栄えが悪いけどな」
ジルドはきびきびとした動作で立ち上がった。
一人で全てを担っているとは言え、ジルドはまだまだ二十代そこらの「若造」だ。体力にこそ自信はあるが、他人に頼らなければやっていけない面も沢山ある。
今日フィリッポが来たのも噴霧機を注文したためだ。
「悪いな、わざわざこっちまで持って来てもらって。セストに任せるのはちょっと不安だったから…」
「いいってことよ!」
フィリッポが、ジルドの背中を大きな手で叩く。バンッといい音がした。
「俺たちカーサーズだろ。七人の間に余計な遠慮はいらんよ」
「ケホッ…ああ、そうだな」
Vサインではにかむフィリッポの傍ら、ジルドは咳き込みながらも微笑み返した。
カーサーズ。
それはラスカ村に住む幼馴染によって形成される、いわば仲良しグループの名残である。
ジルド、フィリッポ、ニコラ、エレナ、ラウル、マルコ、そして
『ご主人サマ、只今戻りマシタ』
四角い箱に、アームが付いたような簡素な造りをしたロボットのセスト。
その七人によってカーサーズは成り立っている。
それは今でも変わらない。
「おかえり、セスト。随分遅かったな」
『え?そ、そうデスか?』
「また寄り道して来たんじゃないだろうな」
『あ、ご主人サマ、今日は卵の特売日で――』
「セスト!」
『うう……ゴメンナサイ』
ジルドに睨まれては、セストの応答プログラムも全くもって意味を成さない。
「ったく、ロボットでもセストは嘘が相変わらず下手だよなー」
そんなセストに、フィリッポは呆れてただただ笑うばかりだ。
「セスト、何処に行っていた」
『どこも行ってませんよー。ただ、道を聞かれただけですー』
「道?」
二人は顔を見合わせた。
この国は、東西南北の四つのフィールドに別れただけの簡素な造りをしている。
それに、国をドームが覆っている以上は高い建築物がないため、何処にいても見晴らしはいいはずだ。迷うことなどまず有り得ない。
「なんて聞かれた?」
『制服を着た外人さんデシタ。いきなり呼び止められて、でもワタクシのGPS機能は壊れてマスのでとその場で断ったのデスが、外人さんはワタクシ自身に興味を持たれて……。それで、色々この国のコトを教えてくれ…って、あれ。ワタクシ道案内してマセン。オツカイの途中だったので、そのままサヨナラしてしまいマシタ』
セストはアームを頭に伸ばし、身体を傾ける。
これがセストなりの「首を傾げる」なのだ。
その様子を見て、二人は心の奥底で胸を撫で下ろした。
どうやら、道を聞かれたというのはセストの早とちりだったらしい。
「ま、今回は何もなかったから良かったけど…。次からは気を付けろよ」
『えー』
セストは主人に対して反抗の意を示した。
『なんでデスか?ご主人サマは他人を気にしすぎデス。皆イイ人なのデス。フィリッポさんだって、ご主人サマを信頼しているから、ココにいるんデスよ?』
「悪いなセスト。頼むから言うこと聞いてくれ…」
『……』
それ以上のことをセストは追及しなかった。
ジルドの哀しみに暮れた顔は、余りにも痛々しかった。
その時だ、
「やっほー!ジルド、フィリッポ。セストも!」
重い沈黙を打ち破るように、対照的な明るい声が畑に響いた。
「おう、エレナ!ニコラも元気かー?」
振り向き、それに応じるフィリッポ。その脇をすり抜けるようにして、ジルドは行ってしまった。
『ご主人サマにも考えるコトはあるのデショウが……。しかし、ご主人サマの人間嫌いはどうしても克服してもらわなければいけまセン。これからは、エレナさんに手伝ってもらう訳にはいかナイのデスから』
「ああ、そうだな」
売買が下手なジルドを見兼ねて主に売り子をしていたのは、カーサーズで紅一点のエレナだった。
しかし、エレナは来週にはニコラと結婚する。これからニコラと二人で生きていくエレナが、今まで通りにジルドに協力することは難しい。
「しかし流石エレナだな。せめてカーサーズには招待状は手渡ししたいって、自転車で村中走り回るんだから」
ラスカ村は人口こそ少ないが、土地は馬鹿に広い。一軒隣の家に行くだけでも、歩いて二十分はかかる。
「おーい、ニコラ。大丈夫かー?」
フィリッポが駆け寄ると、溌剌としたエレナの横でニコラは力なく微笑んだ。
どうやら相当参っているらしい。
新妻に頭の上がらないニコラを見て、フィリッポは苦笑した。
「お疲れ様。わざわざ遠くまで大変じゃなかったか?」
差し入れのパンを有りがたく受け取りながら、ジルドは何事も無かったかのように二人に接する。
「全っ然!風がとても気持ちいいわ。特にここら辺は」
いや、お前じゃなくて隣で憔悴しきっている夫に聞いてるんだよ。
ジルドは内心思ったが言わないでおいた。
「家々を回るのは別にいいんだ。問題はラウルだよー。あいつ旅してるから何処にいるのか全く分からなくてさ…」
ニコラの顔には悲愴の二文字である。
「先週俺ん家に来たけど……。そういや、行き先聞くの忘れたな」
「フィリッポ……一瞬期待したのに」
「悪かったな!ご期待に応えられず!」
『ラウルさんの連絡先でしたら、ご主人サマが持っていマスよー』
「ああ、後で送るよ」
「ありがとうジルド!やっぱり頼るべきはあんたの方ね!」
「おいおいエレナ……」
新夫婦の酷い扱いに、フィリッポはもはや涙目だ。
「そうだな、その台詞は旦那に言ってやれ」
ジルドはジルドで、そうだな、の使い方が若干ずれている。
「それよりニコラ、マルクの方はどうだ?」
それより、じゃないよというフィリッポの訴えはその場で黙殺された。
「ああ、今朝会ったよ。これから二次試験だって言ってた」
「そうか、まぁあいつなら大丈夫だろ」
マルコは国の中枢機関とも言える治安維持部隊、MJPを目指している。昔から成績優秀なマルコを知っているカーサーズは、きっと彼が結婚式にエリートのシンボルの記章を付けてくると信じて疑わない。
「あいつの神経衰弱なところが裏目に出ないといいけどな」
マルコが体調を崩す度に喝を入れていたフィリッポは、 マルコの性格を一番よく知っている。
「学芸会本番に腹痛になったりする人だからね……」
自身の顔色があまりよろしくないニコラも、マルコのことを心配していた。
『マルコさんなら平気デスよ!あの学芸会だって、見事に悪役をやってのけたじゃないデスか。あのやられる時の苦痛に満ちた顔は、演技なんかじゃなかったデショウけど…って、アレ?』
「セスト?!」
ジルドだけではない。周りの皆も驚きを隠せなかった。
「ねえ、学芸会ってあの日の前じゃ――」
「エレナ」
ニコラが静かにそれを制した。
俯くジルドの表情を読める者は、誰一人としていなかった。
その脇で、セストはただ「首を傾げる」のだった。
こちらギルランダ。
先程、生体反応の確認できるロボと接触。
尾行するか?
……だが、ベルナルド様のためには念を――。
了解。では単独行動に入る。
――待て。
前方に、此方を観察している青年を発見。
怯えている様子だが……手にMJPの受験票を確認した。
あ、逃走したぞ!
これから追跡を開始する!
『ご主人サマ、お食事の用意が出来マシタよー』
セストの呼ぶ声がする。
俺はメールを送信してから、部屋を出た。
さして問題は無いだろうが、ニコラとセレナに連絡先を教えてもいいか確認したのだ。というより、そこをきっかけに久しぶりにラウルとやりとりがしたかった。
机には既に、今日獲った野菜のスープやセストが買いに行った卵、エレナがおすそ分けしてくれたパン等が並べられていた。
満足のいく食事を一人でとる、というのはいつまで経っても奇妙な感覚がある。俺なりの現実への抵抗の表れなのかもしれない。
『今日、フィリッポさんからいただいた噴霧機デスけどね、とてもメンテナンスが行き届いていて使い心地がイイデスよー』
「そうか。あいつも頑張ってるもんな」
親父さんの機会工場を継ぐため、フィリッポは今修行の真っ最中なのだ。
皆、それぞれの道を少しずつ、でも確かに一歩ずつ進んで行っている。
大人になる、というのはこういうことなのだろうか。
「なあ、セスト」
『はい』
「お前も随分成長したな」
『え?そうデスか?ワタクシ、身長は1ミリたりとも伸びていマセンよ。むしろ、タイヤが擦り減っていく一方デス』
そういうことじゃないんだ、セスト。
初めてセストがロボットとして俺の元に現れた日、お前は何も出来なかったんだぞ?
それが今じゃ、こんなに料理が出来るようになった。畑の管理も任せられるようになった。
それだって、一つの「成長」と呼んでもいいんじゃないか?
セスト、お前は大きくなったんだよ。
「まぁ、いい。――ごちそうさま」
でも、それを言うのはもう少し後にしよう。
お前に教えたいことがまだ沢山ある。
見せたいものがまだ沢山ある。
だからそれまで、この言葉はお預けだ。
部屋に引き返すと、着信があった。
[From Raul]
[To Gild-Frigimelica]
『おお、あの二人結婚式するのか。
こっちにも二人の連絡先教えてくれ。
最近どうだ?セストは元気か?』
おいおい、それすら知らなかったのかよ。
俺は苦笑混じりにキーボードを叩く。
ラウルは普段、相棒のバイク一つで旅をしている。
たまに村に戻ってくるが、それもかなり不定期だ。二人が彼と会うのが難しいと嘆いていたのも無理は無い。
[From Gild-Frigimelica]
[To Raul]
『相変わらずだよ。
俺は今はナス栽培に苦戦してるし、セストは人と触れ合いたがる。最近は俺にも反抗的だ。
昔と全然変わらない。
……昔と言えば、今日セストがあの日以前のことを喋ったんだ、初等生最後の学芸会のこと。
一体セストの中で、何が起こっているんだ…?』
モニターに「送信中…」と表示される間、俺は胸騒ぎがしてならなかった。
部屋には俺しかいないし、外ではセストが食器を片付ける音が聞こえるだけだ。
分かっていても、誰かに見られているような気がして落ち着かない。
そんな俺の不安を裏付けるかのように、ラウルの返信はやけに早かった。
『実はー』
文字を追うにつれ、俺の手は次第に震え、汗がどっと噴き出てきた。
[From Raul]
[To Gild-Frigimelica]
『実は、今日マルコを二次試験の終わりに迎えに行ったんだ。
そしたらあいつ、俺を見るなり泣きついてきてさ。
その時は、余程緊張してたんだなとしか思わなかった。
でもあいつの家まで連れて行ったら、マルコはそのままベッドに潜り込んで寝てしまった。しかもかなりうなされてた。
これは異常だと思って俺が看病してたんだ。あいつのお姉さんもおばさんも丁度留守だったからな。
さっき目を覚まして、全て話してくれたよ。
ジルド、落ち着いて聞いてほしい。
試験会場に向かう途中、セストがMJPの制服を着た奴と話しているのを見たんだとさ。
信じ難いけど、彼が言うにあれは間違いなくオネスト・ギルランダだったらしい。
セストが去るまで観察していたら見つかった、受験票を手に持っているのを見られたから、自分の身の上がバレるのも時間の問題だと言っていた。
マルコが恐れているのは合格の安否じゃない。
お前のことなんだよ。
ジルドに申し訳ないと、ひたすら謝ってたよ。今やっと落ち着いて、また寝てくれたところなんだ。
どうする?
あいつの言っていることが全て本当なら、
お前に残された時間はもう無いぞ』
セストはものを知らなさすぎだ。
制服を着た外人さん?ふざけるな!
しかも、よりによって……
モニターには、「オネスト・ギルランダ」の文字が冷酷に光っていた。
動悸がする。呼吸の仕方を忘れたかのように、息が苦しい。
嘘だろ……?
いずれ来る日だとは覚悟していたはずだ。だがいざ目の前にしてみると、燻っていた恐怖は簡単に俺を呑み込んでしまった。
まだ、もう少し生きていたかった。
俺はセストに、
――弟に、まだ何もしてやれてない!
あの日の皆が、無邪気に笑うセストが、俺の頭の中を巡って離れなかった。
今から丁度十五年前。
病弱でなかなか外に出れないためか好奇心旺盛な弟と、その質問攻めに頭を抱える俺に手を差し伸べてくれたのは、ラウルだった。
捨て子だったラウルには苗字が無かった。
しかし彼は周りの目を気にせず、フルネームをたったのRaulだけで通すほどの勇者であった。
同じ孤児としてどうしてこうも違うのか、当時八歳だった俺の頭では考えることは出来なかった。
第一こんな俺に、仲間にならないか、なんて誘ってくれたこと自体理解出来なかった。
でも、
「ほら、人が多ければお前の弟に答えられる質問も多くなるだろ」
照れ臭そうに言う彼を見て、そんなことはどうでもいいとすぐに思い直した。
仲間になることに理由なんていらない。
ラウルはそう教えてくれて、俺と弟の二人だけだった世界は格段に広がった。
こうして仲良し七人組、カーサーズが結成されたのだ。
五人だけじゃグループ名がなかなか決まらなかったんだよ。だから物知りそうなお前に話しかけたんだ、なんてラウルは後日そんな嘘を言っていた。
「Casa」には「家庭」という意味がある通り、カーサーズの皆が俺の家族のような存在になるのに、時間はかからなかった。
俺より色々なことを弟に教えてくれくれるマルコ。
皆を笑わしてくれるフィリッポ。
花が咲いたような明るい笑顔のエレナ。
その様子を優しく見守るニコラ。
そして何よりもカーサーズの中にいることを喜んでいたのは、
――弟の、セストだった。
幼いながらに綺麗な顔立ちで人懐こい性格のセストに、いつだって皆は世話を焼きたがった。
同級生の六人の中にあそこまで何も違和感なくいれたのは、あいつの人柄あってのことだったと思う。
セストの体調の悪い日は、俺らの方から病院に行って活動する程だった。カーサーズはいつだって、セスト含めて七人なのだ。
見舞いの人が増えて嬉しそうなセストを見ていると、俺もそれだけで幸せだった。
一年経ち、また一年経ち、カーサーズは変わらず活動を続けた。
――しかしそんな楽しい毎日は、いつまでもは続かなかった。
カーサーズ結成七年目、国で伝染病が猛威を奮った。
それは毒性が強く、多くの人がウイルスの餌食となった。
マルクの父親も、フィリッポの母親も――。
そしてそれはセストにまで襲いかかった。
日に日に衰弱していくセストを、俺は真正面から見てやることすら出来なかった。
セストの枕元で子守唄を聴かせてやるエレナを見て、俺は耐えきれず病室を飛び出し、静かに泣いた。マルクは何も言わずに俺の肩を抱いてくれた。
その日、俺はカーサーズを集めた。
ベッドで静かに眠る、セストも含めてだ。
その頃、セストの身体は既に限界に達していた。助かる見込みはもう無い。
俺は今朝、セストに相談された話を皆に打ち明けた。
――セストに試験治療をさせてみないか、と。
あの日ほど、静かで激しい話し合いをしたことはないと思う。
マルコは試験治療のリスクを知っていて断固反対だったし、ニコラはそれでセストの命が助かるならと譲らなかった。
エレナはただただ泣いていた。
フィリッポは黙って俯いて唇を噛み締めていた。
ラウルは――
俺に聞いたんだ。
お前ら兄弟はどう思うんだって。
俺はすぐには答えられなった。
昔と何も変わらない。俺は皆に頼らなければ、弟の質問に答えることは出来なかった。
どうして空は青いの?
なんで風って吹くの?
あの花の名前は?
学校って何をするの?
宇宙ってどんなところ?
僕も行ける?
僕の病気は治るの?
試験治療ってなぁに?
ねえ、お兄ちゃん。
――人って死んだら、どうなるの?
セストは何も知らなかった。
何も――。
俺は、そんなセストに教えたいことがまだ沢山あった。
見せたいものがまだ沢山あった。
だから……試験治療を受けさせることにした。
治療期間中、面会は一切禁止になる。そして同時に俺の口座には何故か多額の金額が振り込まれ、交渉が成立。
セストはすぐさま大きな病院に移された。
お兄ちゃん、またね。
何も知らないセストは、笑顔でカーサーズの皆に手を振った。
皆は涙を隠しながら、セストにエールを叫んだ。
――それが、セストを見る最期になった。
知らせが来たのはそれから一年後。
その頃伝染病は更に拡大し、郵便は全て電子化されていた。
見慣れないアドレスに、ールを危うく削除しそうになったが、タイトルに「Sesto」という文字を見つけて慌てて封を切った。
そこには、試験治療の末にセストが亡くなったという事例と共に簡素な謝罪の言葉がつらつらと書かれてあった。
カーサーズの皆の中で、あの日から一年も生き延びられたセストのことを喜ぶ者はいなかった。
あの無機質な空間で過ごした一年間、セストはどんな思いをして一人で過ごしてきたのだろう。
悔やんでも悔やみきれなかった。
その側ら、俺はセストが死んだことがどうしても信じられなかった。
死亡届の手続きは自動的にされているのに、いつまで経っても遺骨は送られてこない。葬儀も、こんな国の状態ではと拒絶された。
明らかに不自然だった。
フィリッポは俺に掴みかかってきた。
いい加減にしろよ、お前そんなんじゃセストが成仏できないだろ!って、声を荒げて言っていた。
それから俺独自の調査が始まった。
一体セストの身に何が起こったのか、俺は真実が知りたかった。
マルコも協力させてほしいと言ってくれたが、それは断った。
当時持っている情報だけでも、友達を巻き込むには危険すぎると分かっていたからだ。
マルコが怒って意地になり、MJPのスパイになって、俺が先に真相を知るんだとか言い出すようになったのはそれからだった。
俺がその時同時に知ったのは、レオナルド国王による国のドーム化計画だった。
この国を隔離することが伝染病からの唯一の逃げ道だと。
政府はその対策に追われ、その分警備が薄くなっていた。おかげで素人の俺でも、ハッキングは容易く成功した。
そしてある事実に辿り着いたんだ。
MJPを中心に、ドーム化計画とは別にある企画が進められていると。
それが、今ある家庭用ロボットの人工知能搭載計画。
そしてその実験台に、伝染病の犠牲者が使われているらしい。
道理でとんでもない額の金が俺に舞い込んできたわけだった。
とにかくこのことは皆には秘密にし、セストが実は生きているかもしれないことと、彼が隔離されている可能性のある場所だけを公表した。
実行に移したのは、国のドーム化計画が実行に変わった日。
国民全員がドームに移住を義務付けられ、世界が困惑に満ちている隙に、俺らはあの病院に侵入した。
セストが希望で胸をいっぱいに膨らまして入った、あの大きな病院に。
俺たちは七人でカーサーズなんだ。
セスト、お前がいなくちゃ始まらないんだよ。
それぞれの思いはあっただろうけど、セストを必要としていることは皆同じだった。
しかし地下通路に入った瞬間警報が鳴り、計画は大きく狂った。
もうすぐMJPが出動してくる。
時間がない。
俺たちは必死になってセストの患者番号を探した。
そして、見つけたんだ。
不気味なまでに整頓され、何も乗せられてない台が陳列する中に一つ、それはポツリと立っていた。
「Sesto-Frigimelica」と記された台の上、それは四角い金属箱となって立っていた。
見つけると同時に、
背後に銃声が響き、エレナが悲鳴をあげた。
動くな!
私はMJP総帥のオネスト・ギルランダだ!君たちを逮捕する!
立ち尽くす暇も無かった。
俺たちは複雑な思いを取り払って箱をさらうと、病室を飛び出した。
その時、見たんだ。
オネストの厳しく鋭い眼光を。
その背後、ドアの空いた部屋の奥に
――大量の脳がケースに入れられ、ズラリと並んでいるのを。
詳しい理由は分からない。
しかしあれ以来、俺は人間が怖くなった。
奇跡的に無事全員で逃げ切り、俺らは途方に暮れた。
手にした箱は何も喋らない。申し訳程度に付いているアームとお飾りのタイヤが余計虚しく見えた。
絶望一色が俺らを覆った。
その時、フィリッポが何を思ったのかのそりと動き出した。
箱の後ろを除き込み、
これ、動くんじゃね?
と、とんでもない冗談を言ってのける。
俺は鼻で笑おうとした。
でも、
気がつけば、箱から起動音がした。
皆が顔を上げ、その様子を息を飲んで見守った。
そして、
『初めまして、ご主人サマ』
喋った。
俺を見て、ご主人様だとよ。
笑い飛ばすことも、泣き叫ぶことも出来ず、俺は床に膝をついた。
今まで積み上げてきた何かが、音をたてて崩れていくような気がした。
しかしその時、
その箱はアームを頭まで伸ばし、身体を精一杯斜めに傾けた。
俺はハッとした。
なんで?
どうして?
どれだけ説明しても分からない時、セストはこめかみを指でつついて首を傾げる癖があった。
セストは、まだ生きている。
ここにいる。
俺らのことを忘れてしまっても、ここに生きている。
後ろで皆がすすり泣く音が聞こえた。
俺は兄の意地として涙を堪え、無理に作った笑顔で弟を迎えた。
「ああ、おかえり。セスト」
こうしてカーサーズは、実に二年ぶりに全員が揃ったのだった。
セストが当時唯一の人工知能の成功例だと知ったのは、その後の話である。
あれから五年。
そもそも一日の半分以上をベッド上で生活していたセストが家事や農業について知っているはずがなく、何故か主人がロボットを支え、教え、育てるという奇妙な毎日が過ぎていった。
人工知能ってここからやらなきゃいけないのかよ、そもそもこいつのプロムラミングってどうなってるんだ?
ツッコミどころ満載なセストだったが、流石ロボットと言うべきか呑み込みは早かった。
しかし、セストがロボットになる以前の記憶が戻ることは無かった。
だから今日、学芸会のことをセストが話した時は本当に驚いた。
そんな奇跡に俺は素直に喜べなかった。
記憶が一部蘇ったということは、そのきっかけとなる何かとセストが接触した可能性が高い。
推測は見事に的中した。
しかもまさか、セストがオネストと話していたなんてな。
総帥と名乗っていたオネストが現場に赴くくらい、当時セストは国唯一の成功例として重宝されていた。
五年も経った今となっては、人工知能の存在は珍しくない。
もうセストを捜索する輩もいなくなっただろう。
しかし俺はそうはいかなかった。
俺はセストを見つけ出すため、国家の極秘情報に手を出した。
今でも俺は指名手配されている身分である。
いや、指名手配というより暗殺手配だ。
いつ殺されてもおかしくない。それまでの間、弟に教えられるだけのことをしよう。
そう思って今日まで生きてきた。
しかしそんな毎日ももう終わりだ。
ニコラ、エレナ、結婚式には行けそうにない。ごめんな。末永くお幸せに。
フィリッポ、噴霧機ありがとう。セストが喜んでたよ。
マルコ、心配しなくていい。もう覚悟は出来た。お前の未来が明るいことを祈るよ。
ラウル、セストを宜しく頼む。カーサーズが無かったら、俺は今頃どうなっていただろうな。結末はどうであれ、本当に感謝している。
セスト、大丈夫だ、お前はもう一人前になった。元気でやってけよ。
――お兄ちゃんは、ちょっと遠くへ行かなくちゃいけない。
俺は置き手紙を残し、ラウルに必要事項だけメールすると窓から外に飛び出した。
セストと病院を抜け出す時に、よくやったものだ。
振り返ることなく、俺は夜の村を駆け抜けた。
ご主人サマ、朝デスよ。起きてクダサイ。
ご主人サマ?何処デスか?
あ、ラウルさん。オハヨウゴザイマス。
お久しぶりデス。随分と朝早いデスね。
……今日からココに泊まるのデスか?
それはウレシイデス!
人手がいつも足りナイ状態なので…。
ところで、ご主人サマを知りマセンか?
朝から姿が見えナイのデス。
ご主人サマ、今日は収穫日デスよ。早くナス畑へ行きマショウよ。
ご主人サマ――
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