第3話 真っすぐに…①
6月になったら、すぐに梅雨がくるわけではない。
大体半ば後半に的を絞って梅雨前線がやってくる。
今年もそんな感じなのかと思っていたが、少し早めに梅雨入りをしたみたいだ。
テレビに映るお天気お姉さんは、今週の天気を説明している。
ソファに腰を掛けて、珈琲をすすりながら、ぼんやりテレビを見ていた。
「今週 ずっと雨か・・・・」
憂鬱さを隠し切れず 声のトーンが落ちる。
家から職場までの距離は大したことがないが やはり雨が降るとなると その距離も煩わしくなる。
「はぁ・・・ 予備のスーツを出しておくか」
寝室とは別に 空き部屋にスーツを取り出しに向かった。
普段、スーツなんてのにこだわりもなく シャツとネクタイを変えていれば スーツは同じ物で一向にかまない。
そんな事を気にすることは全くない。それは長年そうだった。
スーツを取り出そうと、ハンガーラックに手をかけてスーツに取り出すとついでに、シャツが一緒に出てきて 床に落ちる。
「懐かしいな・・・・大学の時だったか この服」
落ちたシャツを拾い上げると 襟元や袖元はよれている。
どれだけ着こんだんだろう。
色だって 抜けて落ちて薄くなっている。
今でもオシャレなんかに気を使わない私は、大学生の時も同じようにオシャレはしていなかった。
大学には奨学金で入学が決まり それと同時に一人暮らしをした。
一人暮らしする上で、学生寮を希望したかったのだけど、スポーツ関係の生徒のみということで住むことができなかった。
幼いころから 食費として与えられたお金を少しづつ貯めていたおかげかアパートの敷金関係に充てることができた。
大学に通うとなると、基本私服登校になるわけだが、4年間同じ服を着まわしていた。1年間、季節に合わせて替えをもっているくらい4着?程度だった気がする。
周りがどうかとか、気にしていなかったのでどうかわからなかったんだが、バイトで家賃や食費などを稼いでいた私には オシャレなんてものにはこだわれなかった。
講義の合わせてバイトを入れていた、休みの日も朝から晩まで入れていたほどだ
そうしなければ 生活ができかなった。
もちろん部屋には余計なものは買えなかった。
実家にある ちゃぶ台と布団 下着の替えをちょっと持って 一人暮らしをしていたわけだがそれだけでなんとかなっていた。
大学も無事卒業をして なんとか教員資格を取り 今の学校に就職を決めることができた
それから20年近く 務めているその間も 多くの生徒の入学から卒業と色々見てきた
もちろん 同僚の先生方も同じで 結婚で退職や 転職していた人も見てきた
私の時間は止まっている と錯覚するくらいに 閉鎖的に生きてきた。
いや 生き抜いてきた 人間関係も浅く狭く 友人など いない。
これからも そう生きていくはずだった・・・
木下 弥栄
彼女が現れるまでは・・・・
――場所が変わっても 私はいつまでも あの部屋から出られないのだ
重い足取りで職場を向かう中 ちらっと空を眺めると本日も鉛色の空は どこまでも続いていた。
風がないせいか 蒸し暑さも若干感じられ 軽く額に汗を感じさせる。
地面の水たまりを避けながら スーツの裾をぬらさないようにして歩いていた。
それに気を取られていたせいか 差していた傘と傘がぶつかった。
「すいません 大丈夫ですか?」
「ふふ 大丈夫ですよ 先生おはようございます」
「・・・・おはよう 木下」
声の主がだれかわかると トーンが少し下がった 冷静さがそうさせたのだろう。
「先生 ひどいですよ 誰かわかった瞬間 態度を変えるのは問題ですよ」
すねた顔をする彼女をみて 笑いそうなのをこらえた。
「この時間に会うなんて珍しいな」
腕時計に目をやるとまだ 7時半くらいだった。
「雨ですからね~ 少し早めにでないと間に合わないかな~って思いまして」
それでも早くないかと 思ったが まぁ口にはしなかった。
「ところで先生はいつもこの時間なんですか?」
「ああ 始業前には必ず 職員朝礼があるから 参加しないといけないんだ」
「いいこと 聞いちゃった」
本当にうれしそうに この鉛色の空を感じさせない華やかな笑顔だ
「一緒に登校できてうれしいです」
彼女の言葉は 歯止めが利かなくなってきている
『私にはまだ 権利があるんです』
ぼーっと 彼女の言葉を思い出していたら
「・・・・先生 ・・・・先生ってば・・・・」
彼女は私を呼びながら 覗き込むように私を見ていた
「悪い 考え事してた」
「そんなのは 見れば わかりますよ」
彼女はそれ以上の追求をしない代わりに私をじっと見て 彼女の口角が少し上がったように見える。
考えていることがバレたのかと思その眼差しを切りたくて 適当な会話を切り出した。
「ところで 中間はどうだったんだ?」
「え あー うん まぁまぁでしたよ 前回より少し下がったかもしれません」
「そうか まぁ 入試までは時間あるんだ 焦らないことだ」
「でも~ やる気が起きないんですよね~ どうしましょ?」
彼女はわざとらしく 口を尖らせて 困った顔して 悩んだふりをしている
「さっきも・・・・」
遮るように言葉を重ねてきた
「ねえ 先生 個人授業してください」
「個人授業?」
家庭教師でもしろっていってるのだろうかと 考えていた
「そうです 先生が教えてくれれば 成績上がると思うんですよ~」
「それは 放課後に居残りをして習うってことなのか?」
先生はそんなに暇ではないと言い返したいが 生徒の前でそう言うわけにいかない
「えー なんで教室なんですか?」
「そこは普通 先生の家とかでやるもんではないんですか?」
思わず 呆れてしまった 空いた口がふさがらない・・・
「目的はいいが 理由がだめだ どう考えても」
ほんとに何を考えてるんだ
彼女は やっぱりダメか と 笑っている
「キミは素直なんだな・・・・」
私に対する気持ちを 臆面もなくだしてくる
羨ましくも思う
「はい 隠すつもりはありません」
「・・・・・」
返事を返さない 私に 彼女は何も言わず 黙って隣を歩いてた
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