最終話 その後のイベント

能美坂高校一年四組の教室は喧噪に包まれていた。


 夏休みが終わりクラスメイト達が色んな会話をしていた。海外旅行に行ったとか、宿題がまだ終わっていないとか、帰省するのは嫌だったとか、危うく今日も寝過ごす所だったとか、その内容は様々だ。


 九月一日である今日は始業式であり二学期最初の一日だ。クラスに欠席者はおらず、そのほとんどがもう放課後の相談をしている。今日は午前中で終わるため、生徒達のさっさと帰りたい気持ちが教室に滲み出ていた。


 「……………………」


 そんな中、一人だけ誰とも話さず教室の隅で座っている生徒がいた。


 篠々木司だけは誰の会話にも混ざらず、席に座ってボーッとしていた。


 「あんたさぁ。いつまでそんな顔続けるつもり?」


 紅夏が席のそばにやってきた。


 だが、司は何の注意も向けず外の風景を見ている。


 「あの後何があったのか喋ってくんないし。一体どうしたってのよ……」


 司は紅夏と順英に別れた後の事を説明していない。というか、とても説明する気分になれず、あれっきり司は家に引きこもっていた。


 エルポノルユーリから出てきた後の記憶は無い。疲労で倒れたのだろうが、気がついたら部屋のベットで寝ていた。


 あの後何があったのか司は知らない。


 シグとは会っておらず、唯は帰らない日々が続いている。


 経過を知る手段が司には無く、そしてそれは別にどうでもいい事だった。


 「…………………………」


 事後経過など聞いても何も変わりはしない。百合が死んだのは事実であり、それを再確認する事に意味はなかった。


 「あ、ねぇねぇ紅夏! ちょっと聞きたい事あるんだけどさ、今日の――――」

 「あー、はいはい。ちょっと待ってて。じゃあ司、放課後までには元気になっとくのよ」


 クラスメイトに呼ばれ紅夏は他の席へと行ってしまった。他の女子と一緒に話し始め、再び司は一人になる。


 「……………………」


 我ながらよく学校に来れたなと思う。ベットで寝るばかりの毎日を過ごしていたため、絶対に今日もそうなると思っていたからだ。


 なのに起きる事ができて学校に来ているのは、それなりに真面目な生徒だからなのだろう。


 身体が勝手に意識し、この九月一日を無視する事ができなかったのだ。どうやら自分は不良になる事はできないらしく、明日も普通に学校へ来るんだろうなと漠然に思う。


 「……………………」


 それに、ここで自分がダメになっては死んだ百合に申し訳が立たない。


 何もしない、何も動かない、ずっと引きこもったままの自分を百合が望んでいるワケがなく、そんな自分を続けるのは百合を裏切る事に繋がってしまうだろう。


 「……………………」


 しかし、だからといって、あの日のショックを何も問題なく乗り越えるのは、また難しい問題だ。


 司がブレイブヴァインを動かす資格を持つような凄い心を持っているのだとしても、それは人の心なのだ。


 なので、好きな女の子が死んでしまえばショックくらいは引きずる。


 司の心が堕ちる事はなくても、そのダメージを回復するのに時間がかかってしまうのはしょうがない事だった。


 「…………………………」


 気がつけばもうすぐ朝礼の時間だった。クラス内を見渡すと、まだ順英が来ていない事に気がつく。サボり癖や遅刻癖は特になかったはずだが、今日はどうしたのだろうか。始業の二十分前にはいつも教室にいるはずなのだが。


 「おーっと! セーフ! 危ない危ない……」


 チャイムとほぼ同時に順英が教室に入ってきた。席に戻るクラスメイト達に混じって順英が自分の席、司の隣へと座る。


 本気で走ってきたようで、まだ肩で息している。遅刻寸前だったのだから無理をしたのだろう。机に寝そべり、担任の栗原が来るまで僅かな安息を得ようとしていた。


 「よう久しぶり。つか、なんか暗いな? どうしたん?」


 軽く順英は聞いてくるがこれを司は無視した。視線を窓の外に向けて自分への興味をなくさせる事に全力をつくす。


 順英は「まあ、もうすぐだし別にいっか」と続けようとした言葉を断ち切った。


司に話題を振ろうとしたようだが、今日の司はそんな気分になれないし時間も無い。


 何も聞いてないフリをしていると担任の栗原が入ってきた。


 「お前らぁ。元気にしてってたかぁ。オレはなぁ。骨折で結構ヘビィな日々を過ごしたぞぉ。お前らは骨折とかするんじゃねぇぞぉ」


 この後はすぐに始業式だ。校長の長くてつまらないありがたい話を聞いた後に終礼、そして今日の学校が終わる。


 「……………………」


 早く今日が終わらないかと司が考えていると、突如教室の扉が開いた。


 「…………あれ? 入るタイミングって今じゃありませんでしたっけ?」


 何の前触れもなく入って来た生徒を見て――――――――司は驚愕した。


 「――――――――は?」


 そして間の抜けた声を上げる。


 「おいぃ。お前なぁ。まだぞぉ。まだ先生何も言ってないんだからなぁ。でもまあ、来たもんはしょうがねぇ。こっち来いぃ。んで名前言ってなぁ」

 「はい!」


 栗原に手招きされ、女子生徒は教壇のそばへ立つと自己紹介を始めた。


 「篠々木百合です! 始業式でいきなりの転校ですがよろしくお願いします!」


 キラキラと眩しい笑顔を振りまき、満足したように百合は名前を言った。


 「――――――――――――――――――」


 それを見て司はパクパクと何度も顎の運動を繰り返す。


 「あ! 司さーん! 私転校しちゃいましたー!」


 司の座っている席を見つけて百合はブンブンと手を振った。教室中の視線が一斉に司へ集中し、変な汗が司の背中に流れる。


 「オレさっきまで百合ちゃんと話してたんだー。それで危うく遅刻する所だったぜ」


 遅刻しかけた原因をサラッと順英は暴露する。


 だが、そんな理由など司はどうでもよかった。


 「えええええええええええ!? 何で!? 何でお前がここにいるんだ!?」


 百合はあの時死んだはずだ。災厄獣ウィルスにエルポノルユーリを破壊し尽くされ、司の知っている百合という存在は消失した。自分の腕の中で消えていったのだから間違い無い。


 そう、その記憶に間違いは無い。


 間違い無いが――――――――――今、百合が転校してきたのも事実だった。


 「司さん、お久しぶりですね」


 トコトコと百合が司のそばへやってくると“その手を握り”嬉しそうに笑った。


 「ま、待てッ!? 誰だお前は!? 一体お前は何者なんだ!?」

 「え? 篠々木百合ですよ? 決まってるじゃないですか」

 「い、いやまあそうなんだけど、そうじゃないだろと言うか……ええと……ええとッ!」


 戸惑いながら否定する司に「失礼ですね」と百合は眉間にシワをよせる。


 「お前の知っている百合で間違いない。安心しろ司」


 知っている声が百合の持つ鞄から聞こえてきた。見ればキーホルダーのようにウォークマンがぶら下がっている。シグだった。


 「シ、シグか!? なんで百合が生きてるんだよ? あの時百合は――――」

 「仕方のない事だが、お前の知識は間違いだ。百合はあの時“バージョンアップ”されたんだ」

 「ば、ばーじょんあっぷ?」


 全く理解できてない声が司の口から漏れた。


 「古いバージョンが破棄され、新しく“進化”したんだ。それがプログラム内にいたお前には死んだように見えた。本人の百合も始めての経験だからな。死と錯覚してもおかしくはないだろう。ちなみに私も後日知った事だ。知らなかった」

 「……なん…………だと……」


 その真実を聞いて司は目眩がしそうになった。盛大な勘違いをしたのだと聞かされ、身体がワナワナと震え出す。


 「触れる事が可能になったのはバージョンアップしたからだ。ここも驚く必要は無い。これからもよろしく頼むぞ司」

 「……………………ははは」


 司に大きな脱力感がやってくる。だが悪い気はしない。


 全身についた呪詛が洗い流されたようでスッキリした気分だ。さっきまであった陰鬱が晴れていき、朝日を浴びる心地よさがやってくる。


 「そうか……そうか………ははは……よかった……」


 あの時、自分は彼女を守れていた。


 助けは間に合っており、百合は死んでなどいなかった。ちゃんと助ける事ができていた。


 よかった本当に。今度こそ心からそう思う。


 「アレから大変だったんですよ。お姉ちゃんに学校行きたいって言ったら、二学期開始と同時に転校とかはりきっちゃいまして……ずっと私に世間の常識教えたりとか、服とか雑貨の買い物に付き合ったりとかで…………なんか凄く燃えてました」

 「……ああ、大変ってバージョンアップの事じゃなくてそっちね」


 唯がずっと帰ってこなかった原因。


 それはブレイブヴァインの中枢システムであるエルポノルユーリのバージョンアップの件で忙しくなったためか、それとも百合の転校手続きやら何やらがあったためなのか。


 おそらくは後者だ。


 「……まだ災厄獣の恐怖が完全に消えたワケではありません。きっと、またヤツらは人々の平和を壊しにやってくるでしょう。司さん、その時はまた一緒に戦って欲しいです。私を…………助けて欲しいです」


 さっきまで元気な様子とは打って変わって、百合はジッと司の目を見ながら慎重な口調でそう言った。


 「もう死ぬような目にあうのは…………こりごりですからね」


 それを見て改めて司は思った。


 (そう……これが百合なんだよな)


 そう、自分がずっと憧れたロボットの搭乗者は決して万能ではない。力になりたいと思い続けていた彼女は全てを勝手に託していいような英雄ではないのだ。


 心と姿を持つブレイブヴァインのAI、篠々木百合は人間と何ら変わりない。


 ただ、少し責任感と使命感の強い女の子なのだ。


 「ああ、もちろんだ」


 百合の問いに自信を持って司は肯定した。


 これからも百合の力になり続ける。その誓いはこれからも変わらず継続して守られる事だろう。


 「篠々木司と篠々木百合ぃ。二人で勝手に何ワケのわからん事喋ってんだぁ? 何か変なおっさん声もしたぞぉ? つか、お前ら知り合いなんかぁ? 先生始めて知ったぞぉ?」

 「あ、そうなんです先生」


 百合はグッと司の腕を引っ張ると言った。


 「私達兄妹なんです。そうですよね? 司お兄ちゃん?」


 その「お兄ちゃん」という言葉に反応して教室がいきなりざわつき始める。


 「うおィ!? その言い方はやめい!」

 「あれ? お兄ちゃんであってますよね? 私は篠々木家の三番目の子供になるはずですから…………そうです、司お兄ちゃんであってます!」

 「だからその言い方はやめろと言ってるだろッ!」


 朝礼が終わったらすぐに誤解を解かねばならないだろう。


 クラス全員が完全に誤解している。いや、誤解では無いのだが、獣のような視線をやたら感じるため誤解と認識しておくべきだ。


 (まあ……今日中は難しい気がするけど……な……)


 腕を抱きしめられ、満更でもない百合の感触を堪能しながら司はそんな事を思っていた。

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彼女ガーディアンプロジェクト 三浦サイラス @sairasu999

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