第30話 絶望のイベント

「唯? どうした?」


 不自然な途切れ方だった。故障は直っているのに、中央司令室からの通信を受ける事ができなくなっている。


 「どうしたんですかシグ?」

 「通信が切れた。変だ。異常は何処にも無いはずだが」

 「姉ちゃんが勝手に通信切ったんじゃないのか?」


 不穏な空気がコックピット内に流れる。


 「それは考えられない。だが、念のためシステムの点検に入る」


 災厄獣は倒した。危機は脱したはずで、それは間違い無い。


 それなのに何か不自然な事態が起こっている。


 スクリーンに様々なプログラムの羅列が表示された。シグが通信の切れた原因を究明しているのだろう。ウィンドウが現れては消えるを何度も繰り返す。


 「……何だと?」


 少ししてプログラムの表示が止まった。


 「機器達が“異常を認識していない”だと? どういう事だ? 何故こんな事態が起こっている?」


 その時だった。


 「わん! わん! わん! わん!」


 ダイスケがスクリーンに向かって吠えると、その瞬間コックピット内にサイレンが響いた。同時にコックピットの明かりが非常灯に変わり、異音が司の耳に響く。


 「な、何だ!?」


 司には何が起きたのかわからなかったが、スクリーンに起こった異常はすぐにわかった。


 スクリーンに表示されているプログラム達が真っ赤に染まっていったのだ。


 その後、アルファベットや数列がでたらめに激しく動きだす。気味の悪さが画面いっぱいに広がり、司はブレイブヴァインに危機が起こった事を実感した。


 「これは――――ウィルス!? シグ! ブレイブヴァインの機能が浸食されています!」

 「あの時の攻撃か。派手なだけと思っていたが、こんな痛手をくれるとはな」


 D22ツゥーバイツが体当たりをする前に放った黒い塊、それが現状を引き起こしたモノのようだった。


 「え…………どうして? 災厄獣反応? そんな――――嘘――――」


 この時、百合ははっきりと認識した。


 そう、D22トゥーバイツを倒せば終わりではなかった事に。災厄獣との戦いはまだ続いているのだ。


 「こ、こんな事って――――」


 百合の顔に明確な危機感が表れる。


 「――――シグ! このウィルスからカイザー級の反応を感知しました! このウィルスは災厄獣です!」


 それは予想などできるわけのない事実だった。


 災厄獣は知らない内にブレイブヴァインに忍び寄りその力を奪おうとしていたのだ。ひっそりと気づかれぬよう機器達を騙し、浸食していたのである。


 気づけたのは運がよかったと思うべきだろう。最高位の災厄獣がウィルスとしてブレイブヴァインに進入するなど誰も思わない。ウィルスの影響が通信に出てなければ、もっと深刻な事態に陥っていたかもしれない。


 「このような災厄獣がカイザー級で存在しているのか」


 外部との接続をカットしているので中央司令室にこのウィルスが伝播する事はない。


 そこは唯一安堵していい所だったが、それ以外は危機的状況だ。


 「この災厄獣の侵食速度――――速いな」

 「ううっ……」


 ブレイブヴァイン内を浸食するウィルスの速さは凄まじく、超AIであるシグと百合の双方を持ってしても止める事ができない。進行を遅らせるので精一杯だった。


 「駆動系システムに浸食――――ダメッ! 押さえられない!」


 その瞬間、ブレイブヴァインのバランスが崩れた。姿勢制御ができなくなってしまったのだ。


 前のめりに倒れこみ地面に激突し、司とダイスケはコックピット内を転げ回った。


 百合も身体を激しく打ち付けたが、そんな事を気にするよりもブレイブヴァイン各所のチェックと、全力でウィルス浸食を防ぐためプログラムを打ち続ける。


 「いってぇぇ……」


 呻く司だったが、ソレを気にしている暇などシグと百合には無い。


 「百合、私がコイツの相手をしばらく引き受ける。お前はワクチンを作る事に全力を尽くせ。このまま指揮系統や武器管制まで浸食されては――――――百合?」

 「――――――――――――――――」


 百合の動きが止まっていた。ついさっきまで激しくキーボードを叩き、立体映像(ホログラフ)の示す状況を逐一チェックしていたのに、時が止まったかのようになっている。


 「百合? どうしたんだ――――」


 司もその異常に気がつく。心配になって百合の元へ歩いて行こうとすると――――その身体が突然ビクリと痙攣した。


 「あああああああああああああッ!?」


 落雷でも落ちたようだった。痙攣と共に百合は悲鳴を上げ、周囲にバチバチと火花が散った。


 その様子は百合に激痛が走った事を容易に想像させ、司はすぐに百合の元へ行く。


 百合の近くにいると、発生している火花が何度も皮膚を焦がすが関係ない。傷つく身体など全く気にせず司は百合へ懸命に語りかけた。


 「百合! 百合! 百合ッ!」

 「つ、司……さん……」


 息も絶え絶えに百合は言葉を返す。身体からスパークが迸り、倒れ込む身体に力は無い。そんな百合を見ているだけなのは非常に辛く、思わず司はシグに叫んでいた。


 「シグ! 何なんだよコレは!? 百合に何が起こってんだよ!?」


 「――――ウィルスが百合を集中攻撃している。先にエルポノルユーリを始末しようと考えたようだ」

 「何だって!?」

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